厘は懐かしい顔を浮かべながら、苦笑した。
「でも梅は、日本の春をいち早く知らせてくれるんだよね。あの香りが、私もお母さんも大好きだった」
対して岬は朗らかに微笑む。
「そうか」
以前から感じていた通り、花籠親子は視覚よりも嗅覚から季節を取り込むらしい。その要因が少しでも “リリィ” にあったのなら、俺はどんなに幸せだろう。厘は心の内で加えながら、目を細めた。
「岬。酒注いでくれ」
「うん」
傍ら、庵は清々しいほど意に介さず、猪口を差し出す。厘は呆れながらも、同じように流し込む。
梅を拵えた酒は、想像以上に深い味わいだった。岬に注いでやれる数年後に、また用意してやろうと思えるほどに。
「やっぱり俺ぁ、花を見るよりこっちのが性に合う」
「お前、酔うなよ。面倒だから」
「うるせぇ。……大体、花見なんて何の意味があんだか……俺にはさっぱりわかんねぇよ」
庵は文句を垂れながらも、岬と桜へ交互に目を配る。どうやら、儚い春の代名詞に彼女を投影していたのは、この呑兵衛も同じらしい。少しはまともな感性が備わっているようだ、と厘は息をついた。