冷え切った手が、胡嘉子の両手に包まれる。温度を感じてはじめて、自分が震えていたのだと悟った。冷静に “死” を呑み込んだ(こころ)が色を失いかけていることに、気が付いた。


震え。恐怖。暗闇。


───『阿呆……勝手に逝くな』


光。

彼の世へ手を伸ばしたとき、厘が初めて放った言葉が、いまさら心の芯を弾いた。死を望んでいたあのときには、一言も思い出せなかったはずなのに。


「驚きました。あなたも彼を、そこまで想っているのですね」


胡嘉子は優しく微笑み、菊の香りを添えて岬を包み込む。棺に囲まれた母を彷彿とさせる香りが、皮肉にも母を思い出させた。陽だまりのようなぬくもりが、身体に優しく溶け込んだ。


「大丈夫ですよ」

「……」

「普通に過ごしていれば……今憑いている霊魂程度の対処なら、問題ありませんから」


飛沙斗は少し不満気に『えぇ、どういう意味?』と呻る。胡嘉子は意にも介さず、先を続けた。


「今の状態は、俗世で言う “風邪” のようなものです。ただし、症状は重いものと言えますが」

「じゃあ、厘は……」

「ええ。すぐに逝ってしまうわけではありません。あなたの……あなたが死に逝くまで、添い遂げることはできるはずです。人の寿命はそう長くはありませんし。ただ、」


重ねて、大量の精気を削がれなければ———。