◇
「……珍しいですね。お一人ですか?」
翌朝。岬は墓詣りを済ませた後で、彼女を尋ねた。菊の化身であるという胡嘉子は、やはり苦手な香りを纏っていた。
「すみません。少し、聞きたいことがあって」
「いいですよ。中へどうぞ」
一か月ほど前、踏み締めた畳に再び足を落とす。ひやり、爪先は一瞬にして感覚を失う。氷上のような畳も風貌も変わらないけれど、彼女に以前の気だるさは感じられなかった。むしろ、来ることを知っていた、とでも言いたげな様子だ。
「厘さんのこと、ですよね」
畳に腰を下ろしながら、金色の瞳を覗かせる。やはり、と岬は喉を鳴らした。
「はい。……昨日、倒れかけてしまって。息も苦しそうで。今は家で休んでいます」
「やはり、そうですか」
そして、胡嘉子は容赦なく、息継ぎもせずに告げた。
———今まで以上に、続けざまに負荷のかかる “送り込み” を場合、厘は
「死にます」
と。
「———……」
母の死を目前にしたとき。浮かび望んでいた極楽浄土という言葉は、もう二度と浮かばなかった。
死は、極楽などではない。居場所を奪うことも、世界を無色にすることも、もう知っていた。
岬は形見のペンダントを、強く握りしめる。———もう失いたくない……それなのに。
「震えないで、岬さん」