厘が打ち明けたのは、店を後にして辿った家路のなかだった。


「意識のない間に剥いだわけではない」


額に手を当てながら言う厘は、いつになく余裕がない。


体を見られた原因が、数か月前に憑依していた早妃であると知った岬は、安堵しつつも顔を赤らめた。憑依されていたとはいえ、自分の手で肌を露出していた、という事実は衝撃で。これまでの厘の配慮は、完全憑依によって砕け散った。


『夢魔ねぇー。あれは厄介だよなぁ、男にとっては。欲を剥き出しにさせる、というか』


その配慮(どりょく)を知らない飛沙斗は、包み隠さず厘を庇う。


「……飛沙斗も知ってるの?」

『いわゆる、サキュバスってやつだろー?いやぁ、よく耐えたねぇ、厘クン』

「……うるさい」


否。庇ったのではなく、むしろ揶揄いといえる。証拠に低い声で睨む厘の視線は、閃光のように鋭かった。よほど気に障ったらしい。


岬はしばらく続いた攻防に耳を傾けながら、思い返していた。あの日、早妃が体を離れた直後のこと。


———『おかえり、岬』


意識の奥で聞こえた、厘の震える声。体力を消耗した姿。強く聡明な厘の手に余るほど、アレは厄介な霊魂だったのだ、と岬は今さら悟った。


「厘」

「……なんだ」


岬は、鞄の底に潜ませていた小さな箱を差し出す。カフェを去る前に、こっそりテイクアウトしたチョコレートだった。