母を亡くしてしばらく、無色空白だった日々。自分の体温さえ見失っていた数十日。失くしたはずだった居場所を、彼が優しく注いでくれたような気がした。
「そうだ……リリィはどうやって、倒れた私に精気を? 香りを摂り込むのってかなり体力がいったはずだし、」
何を笑っているんだ、と再び咎められた後、岬は尋ねる。
無意識にできるとは到底思えない。思い切り吸い込んで喉へと流し込むイメージが、脳裏に浮かぶ。鈴蘭の花弁を傍に全身へ巡らせるためには、それなりに体力が必要だった。
「必要な量も量だ。嗅ぎ入れる、なんて無理に決まっているだろう」
「え、っと……じゃあ、どうやって?」
答えを急かすと、リリィは時間を遡るように顎の先を持ち上げる。強引に交わる視線に、心臓が強く締め付けられた。
「接吻をした。つまり、俺の精気を直接注ぎ込んだ」
ここからな———続けながら、尖った爪が妖艶に唇をなぞる。鋭い瞳に縛られる。
固まったまま、岬は納得した。だから、何度も顔を近づけて示したのだ、と今さら言動を紐付けた。直後、赤面するとともに呆然とした。
華が似合う年頃、十七歳。とはいえ、経験も兆しもこれまで一度もなかったのだから。
「あとな。不便なことに、元の姿には戻れないらしい。だから今後は、その方法でお前を生かすしかなくなる」
「うん……え?」
岬はたじろぐことも許されないまま、唇を噛み締める。ファーストキスの相手は、脅すように瞳を細めた。
「逃げるなよ?」
薄い唇で、艶っぽく笑みを描きながら。