厘がいつもの調子を取り戻したのは、またその数日後。立春を過ぎ、スーパーやコンビニに大量のチョコレートが陳列する様相にも、目が慣れてくる頃。


『俺も甘いものが食べたいなー。ねぇ、岬ちゃん。聴こえてる?』


バレンタイン当日には、内側から響く “新たな声” も脳に馴染んでいた。

三日前に憑いた飛沙斗(ひさと)
口調はともかく、声の高さや厚みが厘に少し似ていて、心地いい。加えて、たまに窺える吐息がかった声もそっくりで、その艶っぽさはとても心臓に悪い。脳に直接響くとなお、悪かった。


「うん……そうだね。今日はバレンタインだし」


放課後の生徒玄関。
岬はローファーに足を沈めながら、顔を赤らめ微笑んだ。いつもなら周りを気にして声を潜めているところ。しかし今日ばかりは、その必要がなかった。


「どうしよう、やっぱり直接の方がイイかな……?!」
「他の人に見られたくないんでしょ?だったら、手紙添えて置いた方が賢明だって」
「そうだよねぇ、ハァ……置くだけなのに緊張する……」


女子生徒のほとんどはチョコレートを手に。男子生徒は手持無沙汰で、どうにも落ち着かない様子だったから。


『あーあ、いいなぁ。あの下駄箱に入れられたチョコ、俺にちょうだいよ』

「ダメだよ。皆んなあげたい人が他にいるんだよ」

『えぇー。じゃあさぁ、このあとスイーツ食べに行かない?』


スイーツ———?

岬は魅惑的なその響きに、ソワソワと心を踊らせた。