もしも。少女がこのとき、母が逝ってしまうと知っていたのなら。代わり映えのない日常の一コマすべて、刻むことができていたのだろうか。おそらく、きっと。


『岬』


曇天が少しずつ晴れていく。一筋差し込んだ光から伝播する。広がる。母が少女を呼ぶ声は、まさにその情景によく似合う。母はいつでも、一筋の光だった。


『……岬?』

「え……」


しかし、雲は再び影を作る。容赦なく被さる。雨が降りだしそうな、灰色がかった雲だった。


岬は幼い自分の姿を見据え、喉を狭める。
少し前まで楽しそうに母と笑い合っていた少女が、微かに体を痙攣させ、卒倒したからだ。


先ほど母が放っていた “瘴気” と何か関係があるのだろうか。証拠に、母は冷静に「大丈夫」と何度も刻む。現在から運ばれた(・・・・)岬自身には、何も感じ取ることはできなかった。


『岬、大丈夫だよ。大丈夫だからね』


自分の額を震える少女のそれに合わせながら、彼女は微笑んだ。そして、手にした草花を大切に包み込んだ。



———『あなたは特別なんでしょう? ねぇ、リリィ(・・・)。教えて。あなたに、岬を護ることが出来るのか』