「頑張れ」


岬は爪が食い込むまで、拳を強く握りしめた。


───『それが俺の、使命だからだ』


厘と出会ったあの日。どうして、あれほど忠実に母の願いを聞いてくれるのだろう、と浮かべていた疑問。その答えが今、目の前で示されているのかもしれない。


『ぬ、けたぁー!』


重心を後ろに、転げ笑う母。懐かしくも、鮮明に刻まれている表情に、岬は安堵した。よほど体力を擦り減らしたのか、彼女はそのまま河川敷に寝そべった。


『お母さん。だいじょうぶ?』


上から顔を覗き込む娘に、母は『へーきへーき』と高笑い。その明るさは何よりも眩い、少女の光だった。それは、今も昔も変わらない。


『お母さんね。このお花を(たす)けたかったの』


曇天に翳した鈴蘭の花。根から丁寧に抜かれたその花が、なぜか安堵しているように見えた。ただの花ではない、と今なら分かるからだろうか。


『悪い瘴気が流れてる。ある人間の負の感情が、この地を(むしば)んでいたみたい。それになぜか、この子(・・・)に向けて一層強く』

『……お母さん?』

『岬にはちょっと難しいかな?……よしっ、じゃあひとつだけお約束』

『うんっ!みさき、約束すき!』

『んー?そうなの? 可愛いなぁ岬は』


起き上がった母は、少女の柔い頬にキスをした。目を細めながら、心底、愛おしそうに額を合わせた。