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『ねぇ。お母さぁん? 何してるの?』


次に視界を明らめたとき、そこは夢の中だとすぐに解った。視線の先に見えるのは幼少期の自分と、死んだはずの母親だったからだ。


いまの私と、同じ着物を———。岬は白い袖口を握り、まだ刺繍のない母の和装を捉えた。


『ねぇ、お母さん。お母さん』


着物の価値を知らぬまま、容赦なく引っ張る少女。母は「待っててね。直ぐ、直ぐに終わるから」と目を細める。額に汗を浮かべていた。


よく見ると、膝元は土で汚されていて、手元も葉で擦ったような傷が目立つ。しかし、母はやめなかった。曇天の河川敷。たったひとつの花を摘もうと、懸命に根を引き抜こうとしていた。


「え、あれって———」


岬は彼女の手元に目を凝らし、息を呑んだ。母が抜こうとしているその花は、よく身に覚えのある鈴蘭だった。


「お母さん……お母さん……!」


幾度声を掛けても反応はない。母は花を抜くこと一心に力を注いでいた。


女性とはいえ、大の大人があれほど汗を流しても引き抜けないものなのか。幼い頃は気づくことができなかった。この異様な空気にも。母の焦燥にも。鈴蘭が萎れかけている状況にも。


でも、今なら分かる。
これは夢なんかじゃない。私たちが過ごした過去だ。