「岬」
冷えていく手を、厘の体温が優しく包み込む。思い返した過去、震えていた体さえも包み込んでくれるかのように、とても温かかった。
「大丈夫。厘、大丈夫だよ」
岬は足を伸ばす。香りの濃度が高まる度に震える足で、懸命に踏みしめる。
「……胡嘉子。見てほしいんだ」
傍ら、ふぁ、と欠伸をする彼女に厘は言った。
「ご用件はもっと詳らかにお願いします。……あなたは毎回唐突なんです」
纏う装束の端をいじいじと触りながら、胡嘉子は視線を落とす。瞳の色は、まだ見えない。
「ああ。岬に触れてほしいんだ」
意図も、まだ見えない。解らず厘を見上げると、彼は縦に頷きながら背に手を添える。一体、何が始まるというのだろう。
「へぇ……あなたが噂の……。いいでしょう。とりあえず、中に入りましょう。今日は比較的、客人も少ないので」
気怠げな声色とは釣り合わないほど、丁寧な口調。岬たちはそんな彼女に付き従い、本堂の中へと踏み入った。
「……俺は外にいる」
やはり物憂げな、庵を残して。