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——『ここを出て、行きたいところがある』
厘に導かれるまま訪れたのは、山の麓に建てられた寺院だった。正月でも閑散としているのは、アクセスの悪いこの立地のせいだろう。落石注意の看板を、ここまで何度目にしたか分からない。
しかし、岬は何度か訪れたことがあった。バスを二本乗り継いで、毎月五日に訪れていた。
「ここ、お母さんの———」
年季の入った本堂を見上げ、岬は呟く。母、宇美の居場所だった。月命日に必ず訪れていたお墓が、本堂横に細く続く砂利道の奥に、いまも佇んでいる。
「ああ。……後で行こう。墓参りに」
「なんで後なんだよ。今行きゃいいだろ」
厘に抗う庵は、余程名残惜しいのか、先ほどまで食べていた焼き鳥の串を未だ口に咥えていた。
「後だ。これからあいつに会ってからな」
あいつ……?
岬は庵と首を捻る。厘は構うことなく、そしてどこか焦燥を含むように、真っ直ぐと本堂へ向かった。
神社の鳥居より、厘には堂々と腰を下ろす伽藍の方が似合うな、とお門違いな感想を浮かべ、岬は呆けていた。