随分昔の事ように感じるが、あれはたった数か月前のこと。それに、すべて切り替えられるほど岬の痛みは柔くない。彼女の脳裏には、たとえ何年経っても過るのだろう。こうして、思い出を辿る度に。
「塗り替える必要はない」
「……え?」
「来る度、好きなだけ思い出せば良い。思い出せることが、今お前の生きている証だろう」
それに、俺はお前たちの思い出話を聞くのが、割と好きだ———。
そう続けて、夜会巻きを施した髪を撫でる。岬は視線を落としながら「ありがとう」と小さく笑った。
「……あのね。お母さんっていつも決まって、二十五円入れるんだ。お賽銭」
「二十五……二重に縁を、という願掛けか」
「うん。正確には二人分に十分ご縁を、ってことみたい。私とお母さんの、二人分」
彼女は微かに鼻を赤らめる。「私も五円入れてるのに、欲張りだよね」と、優しい笑みがこちらを向いた。
「だから今年はね。私が、三十五円入れようと思うんだ」
「「三十五」」
瞬間、重ねられた声に互いを睨み見る。しかし、かち合う視線に火花は散らない。宇美の話を聴いたからだろう。犬猿には違いない仲だが、妙なところで気が合うようだ。
「どう、かな?」
「……構わん、好きにしろ」
「別にいいけどよ……」
岬の願いに抗えないところも、同様に。