「遅ぇぞ、何分待たせる気だ」
が、開けた玄関前に立つ庵のしかめ面は、容易く嫌な気を起こさせた。ある意味才能と言える。
「文句を垂れるな。癇性め」
「あぁ?お前こそ、いつもいつも偉そうになぁ、」
ごめん、お待たせ———。
庵が顔を歪めた直後。そう言って後ろから現れた娘の姿に、正面の喉は分かりやすく息を呑む。奴の見開かれた瞳には、彼女の着物姿がくっきりと映っていた。
……この反応が、余計にいけ好かない。岬が誘わなければ、庵など絶対に置いて行くのだが。
「庵?」
岬は履き慣れない桐下駄を鳴らしながら、銀杏の化身に首を傾げる。正面で急に呆けられたのだから、無理もない。
「……あれだな。馬子にも衣装ってやつか」
言葉とは裏腹、気色悪いほどに紅潮する庵。指先で頬を引っ掻く仕草は、自分を見ているようで腹立たしかった。
……へぇ。お前も、こういうのが刺さるのか。厘は眉をピクリと動かしながら、「行くぞ」と岬の肩に手を添えた。
「やっぱり、背伸びしすぎかな……?」
「何がだ」
「馬子にも衣装、って庵も言ってるし」
黙って付いてくる後ろを気にしながら、岬は言う。幸い、この娘の鈍感さは本物だった。
「ああ。あいつの目は節穴だからな。心配するな」
「節穴……?」
「お前が一番、綺麗だよ」
これぐらい直接的でなければ、おそらく彼女は気づかない。思っていた通り、さすがの鈍感も目を逸らす。耳からうなじに掛けてみるみる染まりゆく肌が、厘の理性を揺さぶった。
随分と拗れた性癖だ、と含み笑う。背後で舌を打つ庵には、気づかないふりをした。