「厘……?あの、この刺繍なんだけど、」


進行形で雑念に塗れる厘を、岬は首を傾げながら覗き込む。前身頃に施された刺繍を差していた。


「縫った」

「え……?」

「その辺りは汚れが酷かったからな。庵に布地を足させたんだ。そこに、俺が刺繍を施した」


太股のあたり。縦長に広く伸びた鈴蘭の()。後付の布地を目立たせないための細工。というのは半分建前で、


「嬉しい……ありがとう、厘」


この笑顔を見たいがために、扱いにくい針を通していた。花弁の部分を優しく撫で、口元を抑えながら喜ぶ岬の顔が見たかった。


我ながら殊勝だ。一朝一夕であしらえる代物ではない。おかげで、聖夜当日には間に合わないという失態を犯した。それでも、岬の為に夜なべを続けていたことは、他の誰にも明かせないだろう。


「ああ。まぁ、時間があったからな」


たとえ、本人であっても明かせない。肝心なところで素直になりきれない性質は、玉に瑕だ。厘は辟易しながら、「そろそろ行くぞ」と先導する。


しかしやはり、こそばゆい。しかしやはり、嫌な気はしない。