喩えるなら、林檎かトマトか。まさにその色を成した岬は、音もなしに唇を動かした後でようやく退く。
「むっ、で、出来ないよ……っ」
パタンッ———。そして、そのまま自室へと逃げ込んだ。
「少々やりすぎたか」
岬の反応を思い返しながら、厘はククッと喉を鳴らす。
掌に残った高温も、伝った彼女の汗も愛おしい。それにしても、なんだあの表情は。……余裕がないのは、こちらだというのに。
「……律しろよ。愚生」
深く息を吸い、吐く。額に手を当てながら、無理やり記憶を呼び起こす。あの表情を浮かべると、本能も熱した体温も鎮めることが出来る。
『この着物。厘は見たことある?』
あのとき、稀有な乗り物の中。もう電波を発しない携帯電話に映った、懐かしい彼女の姿。飾り気のない着物を纏った、宇美の姿だった。赤ん坊を抱き、陽だまりのような笑みを浮かべている。
岬には未だあどけなさが残るものの、表情はそっくりだった。