リリィは白髪を扇のように靡かせたあと、無音で腰を持ち上げる。一連のその動きは驚くほど滑らかで、岬は直前まで気配に気づくことができなかった。至近距離で顎を持ち上げられる、そのときまで。


「ぅ、あ……」


情けない声が漏れる。友人は愚か、異性(花に性別があるのかは不明だが、姿見は紛うことなく異性)の身体とこれほど接近する状況は、岬にとっては初めてで。顎をなぞるように触れられる経験など、無論ないに決まっている。


強引に持ち上げられた視線は、鈍色に光る瞳に捉えられた。


「分かるか、岬」

「わ……かりません……?」


容赦なく、さらに近づく端麗なご尊顔。男の表情筋は動かない。しかしそれは真顔というより、若干怒りを含んでいるように見えた。


「お前が俺……鈴蘭を“香り”で摂りこんでいたのが精気。母親が云う薬に、近いと言えば近い」


香り。

言われて思い浮かぶは、少なくとも月に一度摂りこんでいた鈴蘭(リリィ)の香り。どんな処方箋よりも、岬の身体には効果があった。


これまでも不思議に思ったことはあるけれど、まさか、人に化けられる花だとは……。もしかして母はリリィが特別な花———妖花であることを知っていたのだろうか。ずっと前から、最初から。