「岬」
「はっ、い……」
おかげで、素っ頓狂な返事が飛び出す始末。厘はいつも兆しがなくて、少し困る。
「何が欲しい」
「え?」
「結局聞けていなかったからな。抱き着かれたせいで」
「……っ」
生き生きと意地の悪い笑みを浮かべる厘に、岬は顔を赤らめた。
火照る頬に手を当てながら、懸命に熱を冷ます。どうして厘はそんなに愉しそうなのだろう、と口を尖らせた。
「私は、もうたくさんもらってるよ」
「何も贈った覚えはないぞ」
「違うの、物じゃなくて……」
岬は口籠る。『この居場所だよ』———と。これまでなら他意なく伝えられていたはずが、詰まってしまう。恋心を自覚して、気恥ずかしさを覚えた。
「どうした」
厘は首を捻りながら覗き込む。岬は拳を握りしめた後、意を決して唇を割った。
「お母さんの、着物」
「宇美の?」
「……うん。着物を、着せてほしいの」
逡巡して出した答えは、夢に現れた母の着物姿。あながち出任せでもなく、最適解だった。
「着付け、ってことか?」
「うん。……あ、そうだ。この着物、厘は見たことある?」
人とあやかし———
想いを正直に伝えたら、きっと厘は戸惑うに違いない。この居場所を失くしてしまうかもしれない。……もう、失くしたくない。邪念なく “敬愛” に変わるときまで。この恋心が消えるまで、私待つから。だからずっと、傍に居てほしいの……厘。
携帯の画面に写る母の姿を見せながら、岬はこっそり鼻を啜った。