直後、大槌を奏でる心音。初めて感じる “衝動” と “欲”。友人関係も、恋愛経験も積み重ねたことのなかった岬にとって、未知の領域だった。
「ん……どうした?」
ノスタルジーへ連れ出す、鈴蘭の香り。頭上にふわりと被さる掌の体温は、湿っぽいその感情に拍車を掛けた。
「……好き」
「え?」
「厘、大好き」
これ以上、何も欲していないのに。ただ隣に居てくれるだけで幸せなのに……どうして。瞳から、一筋の涙が零れる。
母よりも大切なモノは何もなかった。でも再び、大切な人が出来た。温かくてぶっきら棒で、たまに口が悪くて、実はとても優しくて———涙が溢れるくらい、大好き。
でも、分かっている。厘にとって私は “使命” にすぎないのだと。岬は彼の口元から目を逸らし、幾度も首を振った。
「岬、」
「違う、違うの。ごめんね、厘。大好きだけど、違うの」
「何がだ。何が違う」
低い声が、腹の底に響く。
「お母さんと同じように、大好きだって……そう言いたかったの」
目を細めると、淡い視界にまた靄がかかった。厘がどんな表情をしているのか、怖くてとても見られなかった。嘘だと見抜かれて、彼の言葉の続きを聞くのが怖かった。