頼む……目覚めてくれ。
懇願しながら蘇るのは、最後に放たれた早妃の言葉。『嫌……もう無理……!』と地団駄を踏んだ直後、去り際に吐き捨てた。



───『そんなに寵愛してるのに可哀そうね、あなた。この()の異常に気付けないなんて』



「……っん」


岬───?

厘は我に返り、無意識に侵入していた生物(・・)を引っ込める。舌先に纏わりつく甘い唾液の感触は、夢魔の誘惑をいとも簡単に凌駕した。


「目、覚めたか」

「……厘?」


りんごのように紅潮した頬と唇から微かに溢れる糸に、心臓を深く抉られる。周りに「小娘」と放つことで制御していた何かの緒が、プツリと切れる音を聴いた。


「痛む所はないか」

「うん……平気だけど、」


───ここは家?

そう問われ、岬が意識を失ったのは街だったか、と思い出した。


「少し説明する必要があるな……まぁ、その前に」


厘は言いながら、知らぬ間に浮かしていた彼女の腰をゆっくり下ろす。そして、そのまま強く抱きしめた。


「り、り……っ」


名前すら口に出せないほど狼狽(うろた)えている。この反応、岬本人で間違いない。


───しかし、たった二日でこの(ザマ)か。


「おかえり。岬」


破綻寸前の理性と隠し切れない安堵に、心から辟易した。