清蘭が銘悠を連れて案内したのは、後宮の中でも最も立派な造りの一番広い部屋だった。
「ここが、今日からお前の住む部屋だ。好きに使うといい」
扉を開けて銘悠に中を見せた時、清蘭は少々疲労が溜まっていた。何せ、ここまで来るのに相当な時間がかかったのだ。
外の世界をあまり見てこなかった銘悠は、後宮にある様々なものに興味を示し、知りたがったのだ。
入り口に咲いている植物から、廊下に飾られている絵まで。
気になったものの目の前で足を止め、それをじっくりと眺めてから、清蘭にこれは何かと尋ねる。
その行動が、この部屋に辿り着くまで何度あったことか。いちいち彼女の質問の答えに頭を悩ませられ、更に伝え方にも苦戦した。お陰で今、清蘭は表情に疲れを滲ませている有様だ。
だが。
清蘭は隣に立つ銘悠を見て、目を細める。
隣の少女は、目をこれ以上ないくらいに開いて、食い入るように部屋の内装を眺めている。その他のものは、視界に入っていないと言わんばかりに。
(私に、段々と心を開いてくれているみたいだ)
話しかけてくるということは、信用しているということ。清蘭は銘悠の好奇心と共に、自分に心を開いてきてくれていることにも喜びを感じていた。
自分の横で瞳を輝かせながら、物珍しそうに部屋を眺めている彼女が、この世の何よりも大切なものに見えてくる。
(実際、私にとって銘悠は、この世で一番大切なものなのだろう)
どんなに美しい宝石よりも、どんなに高価な布よりも、彼女が一番の宝。何よりも丁重に扱う、そう、決めていた。
「さぁ、中へ入ってごらん」
「えっ、いいんですか……?」
「当たり前だ。ここは、お前のためだけに造らせた、お前の部屋なのだからな」
清蘭は銘悠の背中をそっと押して促した。彼女は恐る恐る、その煌びやかな部屋に足を踏み入れる。
銘悠は一層に驚きを深めた。息を呑み、呼吸を忘れたんじゃないかと思わせるほど静かになる。
彼女は引き寄せられるように足を進め、置かれている数々の家具に手を伸ばす。
「なんて素敵な模様の灯り……色とりどりの光が宝玉みたい……」
「それは硝子職人に造らせたテーブルランプだ」
「なんて光沢のある机……それに、上に付いている鏡も……曇りがない」
「それは隣国から取り寄せた化粧台だ」
「なんて綺麗な布……それに、ふわふわして気持ちいい」
「それは東南の方にある口から輸入した布団だ」
銘悠は装飾の施された家具に触れるたび、うっとりとした表情になった。その顔には、笑顔が浮かび上がる。
(なんて美しいのだろう)
化粧台とか、布とかどうでもいい。銘悠の表情の一つ一つこそが、美しいという言葉を使える唯一のものだ、と魂が叫ぶ。
ああそうだな、と清蘭は自身に同意する。
(ようやく会えた愛おしい人。これから、片時も離すものか)
清蘭がじっと銘悠の背中を見つめていると、フッと彼女が振り返った。そこには、先ほどの好奇心に満ちた顔はなく、元の困惑が再び浮上していた。
「あの……私、本当に、こんな立派な場所に住まわせてもらって大丈夫なのでしょうか……?」
「ああ、もちろんだ」
清蘭は彼女に近づいて、その手を取った。銘悠の顔が、ポッと赤く染まる。そんな変化にも、清蘭の心臓は強く脈打つ。
「銘悠、お前は私の妻、皇后になるのだからな」
「へっ、え、こ、皇后!?この私が!?」
突然に聞かされた事実に慌てふためく銘悠。
「あ、あのっ、妃ではなくて……?いや、私のような者が妃になるのもおかしい話なんですけど……」
彼女は不意に俯いて、瞳に影を落とした。清蘭からそっと手を解いて、服をギュッと掴む。
「こんな、私なんかが皇后になんて……そんなの、ダメですよ。だって私は、呪われた子なんだから……」
「そんなのは関係ない」
「えっ」
「お前を選んだのは私はだ。誰が何と言おうと関係ない。私は、お前を娶りたい」
清蘭は真っ直ぐに銘悠を見つめる。そこに、偽りも陰りも何もない。純粋な愛情の色だけが、彼の目に浮かんでいた。
本心からの言葉に気づいた銘悠は、弾かれたように顔を上げ、徐々に目を湿らせていった。
「ほ、本当に私でいいんですか……?」
「ああ、そうだ」
「で、でも私、普通の女性らしいことが何か分からないし、見た目だって、そんな綺麗じゃないし……」
「何を言っている。お前はどんな娘よりも美しく、そして輝いている」
清蘭は彼女の頰にそっと触れる。
「さぁ、笑え。お前を最高に輝かせる表情を見せてくれ」
銘悠は最初、戸惑った。だが、彼女は言われたように口角を上げて、涙を浮かべながらも微笑む。
清蘭の心がまた、彼女の色に染まった。
「こ、こんな感じでしょうか……?」
「ああ、とても綺麗だ。あとは、その言葉を直せ」
「えっ、言葉……?」
「もうお前と私は夫婦だ。そんな他人行儀な言い方ではなく、親しく話したい。それに、皇帝という堅苦しい呼び方ではなく、名前で呼べ」
「そんなっ!私のような人間が皇帝様を、その、な、名前で呼ぶなんてめっそうもない……」
「いや、そんな気遣いは無用だ。私とお前は対等な関係。溝などを作りたくない」
銘悠は目を見開いた。その拍子に、大きな雫が一粒、瞳からこぼれ落ちる。彼女は涙をそっと拭った。
「うん、分かった」
穏やかな表情から、緊張や不安は少したりとも感じなかった。
(ああ、やっと安心してくれたか)
清蘭も凪いだ水面のような感情が広がっていく。
「私の名前は清蘭だ。何の気も込めず、いつでも呼んでくれ」
「うん」
銘悠は素直に頷いた。そこに、先ほどまでの堅い雰囲気は感じられない。
「これから、お前のことを知りたい。お前の全てを、教えて欲しい」
「……分かった。皇帝様……清蘭になら、話せる気がする」
銘悠は微かに震える手で、自身の胸の服をギュッと握った。その手を、清蘭が優しく包み込む。彼女の痙攣が止まる。
「大丈夫だ。ゆっくりでいい」
「うん……」
頷いた銘悠は、口を開く。
「あの、私も清蘭のことを知りたいの。一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「ねぇ、あなたは何故、私を選んだの?」
「……」
「何故私のような者を後宮に入れたの?それも、妃なんかじゃなくて皇后として」
銘悠は不思議で堪らないといった様子で清蘭に質問をどんどん投げつけた。
(やはりそうだよ……)
頭では分かっていた。けれども、心の何処かでは彼女の言葉に落胆している清蘭がいた。
「お前は覚えていないのか。あの、桜の木の下のことを……?」
言われた途端、銘悠の脳内には電撃が走ったような衝撃が流れた。
不思議な映像が、望んだわけでもないのに流れてきて、彼女に過去を思い出させる。
あれは春、桜吹雪の舞う季節だったか。
私は、物心ついた時から虐げられた生活の下にいた。周りのみんなは私を見るたび「呪いの子だ」と指を指すし、お姉様たちは私を下女のように扱い、笑い者にしていた。
その日も、例に漏れず酷い扱いをされた。
水をかけられ、濡れた床を拭いている最中に蹴られ、物を投げられ、ボロボロにされた。
心が壊れかけていた私は、宮廷の庭の隅で、うずくまりながら泣いていた。苦しさと悲しさと怒りが入り混じった感情がどうしようもなく込み上げてきて、涙が止まらなかった。
息が苦しい、胸が苦しい、目が熱い。
顔をぐしゃぐしゃにして、それでも泣き止まなくてどうしようもなかった。
「どうして泣いているの?」
そんな時だった。私に優しい声がかかったのは。
「えっ?」
今まで、泣いている時に声をかけてもらったことがなかった私は戸惑った。
弾かれたように顔を上げれば、そこには男の子がいた。私よりも年上の、でもまだ幼さを残している男の子。
その子は私の顔を覗き込んで、心配そうに眉を下げた。
「辛いことがあったの?悲しいことがあったの?」
彼の優しげな問いかけに、気づけば今まで受けてきたことをぽつりぽつりと話していた。
誰かに話を聞いてもらうなんて初めてだった。いつも笑われている私の話を、真剣な表情で聞いてくれる人がいるんだって気づいた瞬間、不意に心が温かくなったのを覚えている。
「そんな。酷いことをする人がいるもんだな」
話し終えた後、男の子は私を笑ったり、責めたりしなかった。むしろ私を虐げる人たちに対して怒ってくれた。
何故かわからないけど、そのことが無性に嬉しいと思った。
「ありがとう」
「えっ、何が?」
「私の話、聞いてくれて」
「そんなの当然だよ!そいつら、絶対おかしいって」
男の子は、私のことがまるで自分がされたことのように頬を膨らませた。
「こんな可愛い子を虐めるなんて……」
「何か、言った?」
「あっ、いや……」
何でもない、と言った男の子の顔は、何となく赤くなっていた気がした。
「あっ、だったらさ!」
男の子がバッと私の方を振り返って、そして赤い顔で言った。
「僕が君を守るよ!」
「えっ、私を守ってくれるの……?」
「もちろん!」
男の子はパッと笑顔を浮かべた。花が咲いたみたいな明るさに、私もつられて頰が緩んだ。
「本当に、まもってくれる?」
「約束するよ」
男の子は小指を出してきた。あっ、約束かって思って、私も小指を出す。やり方は見たことがあるけど、実際にやったことはない。
「僕が君を守るよ、絶対に」
男の子は私の小指にそっと指を絡めた。暖かい男の子の温度が、私の手をあっためる。
「約束ね」
「うん、約束だ」
私たちは、そんな約束を結んだ。
そしてその年、私は宮廷を追放されて、あの孤児を集める宮に行った。
「ここが、今日からお前の住む部屋だ。好きに使うといい」
扉を開けて銘悠に中を見せた時、清蘭は少々疲労が溜まっていた。何せ、ここまで来るのに相当な時間がかかったのだ。
外の世界をあまり見てこなかった銘悠は、後宮にある様々なものに興味を示し、知りたがったのだ。
入り口に咲いている植物から、廊下に飾られている絵まで。
気になったものの目の前で足を止め、それをじっくりと眺めてから、清蘭にこれは何かと尋ねる。
その行動が、この部屋に辿り着くまで何度あったことか。いちいち彼女の質問の答えに頭を悩ませられ、更に伝え方にも苦戦した。お陰で今、清蘭は表情に疲れを滲ませている有様だ。
だが。
清蘭は隣に立つ銘悠を見て、目を細める。
隣の少女は、目をこれ以上ないくらいに開いて、食い入るように部屋の内装を眺めている。その他のものは、視界に入っていないと言わんばかりに。
(私に、段々と心を開いてくれているみたいだ)
話しかけてくるということは、信用しているということ。清蘭は銘悠の好奇心と共に、自分に心を開いてきてくれていることにも喜びを感じていた。
自分の横で瞳を輝かせながら、物珍しそうに部屋を眺めている彼女が、この世の何よりも大切なものに見えてくる。
(実際、私にとって銘悠は、この世で一番大切なものなのだろう)
どんなに美しい宝石よりも、どんなに高価な布よりも、彼女が一番の宝。何よりも丁重に扱う、そう、決めていた。
「さぁ、中へ入ってごらん」
「えっ、いいんですか……?」
「当たり前だ。ここは、お前のためだけに造らせた、お前の部屋なのだからな」
清蘭は銘悠の背中をそっと押して促した。彼女は恐る恐る、その煌びやかな部屋に足を踏み入れる。
銘悠は一層に驚きを深めた。息を呑み、呼吸を忘れたんじゃないかと思わせるほど静かになる。
彼女は引き寄せられるように足を進め、置かれている数々の家具に手を伸ばす。
「なんて素敵な模様の灯り……色とりどりの光が宝玉みたい……」
「それは硝子職人に造らせたテーブルランプだ」
「なんて光沢のある机……それに、上に付いている鏡も……曇りがない」
「それは隣国から取り寄せた化粧台だ」
「なんて綺麗な布……それに、ふわふわして気持ちいい」
「それは東南の方にある口から輸入した布団だ」
銘悠は装飾の施された家具に触れるたび、うっとりとした表情になった。その顔には、笑顔が浮かび上がる。
(なんて美しいのだろう)
化粧台とか、布とかどうでもいい。銘悠の表情の一つ一つこそが、美しいという言葉を使える唯一のものだ、と魂が叫ぶ。
ああそうだな、と清蘭は自身に同意する。
(ようやく会えた愛おしい人。これから、片時も離すものか)
清蘭がじっと銘悠の背中を見つめていると、フッと彼女が振り返った。そこには、先ほどの好奇心に満ちた顔はなく、元の困惑が再び浮上していた。
「あの……私、本当に、こんな立派な場所に住まわせてもらって大丈夫なのでしょうか……?」
「ああ、もちろんだ」
清蘭は彼女に近づいて、その手を取った。銘悠の顔が、ポッと赤く染まる。そんな変化にも、清蘭の心臓は強く脈打つ。
「銘悠、お前は私の妻、皇后になるのだからな」
「へっ、え、こ、皇后!?この私が!?」
突然に聞かされた事実に慌てふためく銘悠。
「あ、あのっ、妃ではなくて……?いや、私のような者が妃になるのもおかしい話なんですけど……」
彼女は不意に俯いて、瞳に影を落とした。清蘭からそっと手を解いて、服をギュッと掴む。
「こんな、私なんかが皇后になんて……そんなの、ダメですよ。だって私は、呪われた子なんだから……」
「そんなのは関係ない」
「えっ」
「お前を選んだのは私はだ。誰が何と言おうと関係ない。私は、お前を娶りたい」
清蘭は真っ直ぐに銘悠を見つめる。そこに、偽りも陰りも何もない。純粋な愛情の色だけが、彼の目に浮かんでいた。
本心からの言葉に気づいた銘悠は、弾かれたように顔を上げ、徐々に目を湿らせていった。
「ほ、本当に私でいいんですか……?」
「ああ、そうだ」
「で、でも私、普通の女性らしいことが何か分からないし、見た目だって、そんな綺麗じゃないし……」
「何を言っている。お前はどんな娘よりも美しく、そして輝いている」
清蘭は彼女の頰にそっと触れる。
「さぁ、笑え。お前を最高に輝かせる表情を見せてくれ」
銘悠は最初、戸惑った。だが、彼女は言われたように口角を上げて、涙を浮かべながらも微笑む。
清蘭の心がまた、彼女の色に染まった。
「こ、こんな感じでしょうか……?」
「ああ、とても綺麗だ。あとは、その言葉を直せ」
「えっ、言葉……?」
「もうお前と私は夫婦だ。そんな他人行儀な言い方ではなく、親しく話したい。それに、皇帝という堅苦しい呼び方ではなく、名前で呼べ」
「そんなっ!私のような人間が皇帝様を、その、な、名前で呼ぶなんてめっそうもない……」
「いや、そんな気遣いは無用だ。私とお前は対等な関係。溝などを作りたくない」
銘悠は目を見開いた。その拍子に、大きな雫が一粒、瞳からこぼれ落ちる。彼女は涙をそっと拭った。
「うん、分かった」
穏やかな表情から、緊張や不安は少したりとも感じなかった。
(ああ、やっと安心してくれたか)
清蘭も凪いだ水面のような感情が広がっていく。
「私の名前は清蘭だ。何の気も込めず、いつでも呼んでくれ」
「うん」
銘悠は素直に頷いた。そこに、先ほどまでの堅い雰囲気は感じられない。
「これから、お前のことを知りたい。お前の全てを、教えて欲しい」
「……分かった。皇帝様……清蘭になら、話せる気がする」
銘悠は微かに震える手で、自身の胸の服をギュッと握った。その手を、清蘭が優しく包み込む。彼女の痙攣が止まる。
「大丈夫だ。ゆっくりでいい」
「うん……」
頷いた銘悠は、口を開く。
「あの、私も清蘭のことを知りたいの。一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「ねぇ、あなたは何故、私を選んだの?」
「……」
「何故私のような者を後宮に入れたの?それも、妃なんかじゃなくて皇后として」
銘悠は不思議で堪らないといった様子で清蘭に質問をどんどん投げつけた。
(やはりそうだよ……)
頭では分かっていた。けれども、心の何処かでは彼女の言葉に落胆している清蘭がいた。
「お前は覚えていないのか。あの、桜の木の下のことを……?」
言われた途端、銘悠の脳内には電撃が走ったような衝撃が流れた。
不思議な映像が、望んだわけでもないのに流れてきて、彼女に過去を思い出させる。
あれは春、桜吹雪の舞う季節だったか。
私は、物心ついた時から虐げられた生活の下にいた。周りのみんなは私を見るたび「呪いの子だ」と指を指すし、お姉様たちは私を下女のように扱い、笑い者にしていた。
その日も、例に漏れず酷い扱いをされた。
水をかけられ、濡れた床を拭いている最中に蹴られ、物を投げられ、ボロボロにされた。
心が壊れかけていた私は、宮廷の庭の隅で、うずくまりながら泣いていた。苦しさと悲しさと怒りが入り混じった感情がどうしようもなく込み上げてきて、涙が止まらなかった。
息が苦しい、胸が苦しい、目が熱い。
顔をぐしゃぐしゃにして、それでも泣き止まなくてどうしようもなかった。
「どうして泣いているの?」
そんな時だった。私に優しい声がかかったのは。
「えっ?」
今まで、泣いている時に声をかけてもらったことがなかった私は戸惑った。
弾かれたように顔を上げれば、そこには男の子がいた。私よりも年上の、でもまだ幼さを残している男の子。
その子は私の顔を覗き込んで、心配そうに眉を下げた。
「辛いことがあったの?悲しいことがあったの?」
彼の優しげな問いかけに、気づけば今まで受けてきたことをぽつりぽつりと話していた。
誰かに話を聞いてもらうなんて初めてだった。いつも笑われている私の話を、真剣な表情で聞いてくれる人がいるんだって気づいた瞬間、不意に心が温かくなったのを覚えている。
「そんな。酷いことをする人がいるもんだな」
話し終えた後、男の子は私を笑ったり、責めたりしなかった。むしろ私を虐げる人たちに対して怒ってくれた。
何故かわからないけど、そのことが無性に嬉しいと思った。
「ありがとう」
「えっ、何が?」
「私の話、聞いてくれて」
「そんなの当然だよ!そいつら、絶対おかしいって」
男の子は、私のことがまるで自分がされたことのように頬を膨らませた。
「こんな可愛い子を虐めるなんて……」
「何か、言った?」
「あっ、いや……」
何でもない、と言った男の子の顔は、何となく赤くなっていた気がした。
「あっ、だったらさ!」
男の子がバッと私の方を振り返って、そして赤い顔で言った。
「僕が君を守るよ!」
「えっ、私を守ってくれるの……?」
「もちろん!」
男の子はパッと笑顔を浮かべた。花が咲いたみたいな明るさに、私もつられて頰が緩んだ。
「本当に、まもってくれる?」
「約束するよ」
男の子は小指を出してきた。あっ、約束かって思って、私も小指を出す。やり方は見たことがあるけど、実際にやったことはない。
「僕が君を守るよ、絶対に」
男の子は私の小指にそっと指を絡めた。暖かい男の子の温度が、私の手をあっためる。
「約束ね」
「うん、約束だ」
私たちは、そんな約束を結んだ。
そしてその年、私は宮廷を追放されて、あの孤児を集める宮に行った。