(私とは一体何なのだろう?)

 銘悠は一人考える。狭い空間で、灯りもままならない暗がりの中。

 人間でなければ、玩具でもない。
 侍女でなければ、奴隷でもない。

 もしこの世に、言われたものに何でもなれるというものが存在するのならば、私はまさしくそれだろうと思う。

 今の私は、下女であった。女官の妖流に言いつけられ、朝からずっと床の掃除をさせられている。

 他の者は侍女になるための修行を受けさせてもらえている中、私だけが雑用を押し付けられる毎日だった。

 食器を洗え、洗濯をしろ、食事を作れ、だが勝手に物を食べるな。

 理不尽で、過酷で、散々な日々。しかし、彼
女の態度は変わらない。

(これも全て、私が忌子であるせいなの?)

 好んで呪われた子になったわけじゃない。
 望んでこんな髪を得たわけじゃない。
 欲してこの生活の下にいるわけじゃない。

 変えられるのなら、変われるのなら変えたいと思う。贅沢は望まない。ただ、あの少女たちのように、普通に侍女としての修行を受けさせてもらいたい。彼女たちと対等に扱って欲しい。

 そんな、叶いもしない望みに縋っては、絶望に叩きのめさせる。

(私はいつまで、こんな生活を送らなければならないんだろう?)

 雑巾で床を擦りながら、今日だけで何度も何度もそんな想いに取り憑かれた。

 コンコン、と扉が叩かれる。
 銘悠は反射的に立ち上がった。扉の方を見る。
 
(こんな時に一体誰?)
 そう考えた時、大抵浮かんでくるのは妖流だった。そして青ざめる。

 掃除に時間は決まっていない。だが、あまりにも遅すぎると様子を見にきて、しまいには叱られる。

 今日もそうなるんじゃないか、と思うと体の震えが止まらなかった。

(どうしよう。掃除は終わらせなきゃいけないけど、これを一瞬ではもう無理だ)

 さぁ、どうするか。答えは一つしかない。

(諦めて、お仕置きを受けるしかない)

 銘悠は恐る恐る、音の鳴った扉を開けた。

「はかどっているかしら?」

 そこには案の定、妖流がいた。

「え、ええ……。今取り組んでいる最中でございます」

 これを見たら、いや、こんなことを聞いたら妖流はなんと言うか。
 
 お前はこんなことにまだ時間をかけているのか。
 何故もっと早く働けない?
 こんな簡単なことさえも、お前は使えない。

 そんな罵倒が飛んでくるのを覚悟で目を瞑った。だが、彼女の口から発せられたことは、予想もしなかった言葉だった。

「お前を引き取りたいって人がいる。一緒に来なさい」

 そんなことを言う彼女の表情は、何処か怖くて、でも何処か嬉しそうだった。