「来たな」
体育館の入口に貼ってある結界が音を立てて壊れる。
身構える僕と柳生さん。
数分と経たずして扉が開いてそこから様々な怪異が現れる。
低級、中級の怪異は体育館の中心にいる瀬戸さんのマネキンへ迫ろうとする。
「デヤァアアア!」
叫びと共に柳生さんが振るった木刀が怪異を斬る。
斬られた怪異は悲鳴を上げて外へ逃げ出す。
彼の木刀は新城が術を掛けていることもあるけれど、本人の霊力によってより増幅され、怪異にとっては致命傷に近いダメージを与えることが出来る。
振るう木刀によって次々と怪異が倒されているけれど、その攻撃を躱してマネキンを狙おうとする怪異もいた。
「雲川殿!」
「はい!」
待機していた僕の番だ。
腰に下げていた武器を取り出す。
口を開けてマネキンを飲み込もうとする怪異の額へ振り下ろした。
「ギィィィィィィイ!」
悲鳴を上げて後退する怪異。
「やっぱり、効果あるな。この十手」
手に馴染む十手を見て感嘆とした声を上げながら構える。
新城が用意してくれた十手は特注品で、怪異を祓う力はないけれど、怪異に傷を負わせる力はある。
なんで十手なのか新城は教えてくれないけど。
十手は武器であり捕具でもある。
突くや叩く事もできる上に人を捕縛する為に用いる道具だけど、後半は怪異相手にあまり使えない。
人型の怪異っていうのがあまりいないから突く、叩くなどで僕は使用している。
柳生さんが討ち漏らした怪異を僕が追い払う。
けれど。
「死神が現れない……どうして?」
「拙者達が疲弊するのを待っているのだろう。しかし、現れる数も減ってきている。いずれは」
「柳生さん!」
壁からいきなり現れて鎌を振り下ろそうとしている死神の姿に気付く。
僕は地面を蹴り、柳生さんの首を刎ねようとしている鎌に十手をぶつける。
火花を散らしながら鎌の軌道を変えることに成功しつつも、伸びた手が胸倉をつかんで遠くの壁まで投げ飛ばされた。
「ガッ!」
受け身をとることもできず灰から空気が抜けて、呼吸が苦しくなる。
怪異は人を狂わせる。
護符を新城からもらっていても、強力な怪異に触れれば狂ってしまう。
何度か怪異に遭遇しているけれど、この威圧感に体がまだ慣れない。
「このタイミングで死神か!」
木刀を構える柳生さん。
平然としているが額に少し汗が浮かんでいる。
彼ほどの猛者でも死神の威圧感は凄いものなんだ。
死神は鎌を振るう。
振るわれる鎌を柳生さんがいなす。
信じられない速度で振るわれる鎌を木刀でいなし続けている柳生さん。
だが、死神に集中しているせいで他の怪異がマネキンに近付いていく。
「くそっ!」
自分に喝を入れて立ち上がると怪異の一体を十手で殴る。
悲鳴を上げて地面にバウントするぶよぶよな物体をみながら死神と戦う柳生さんの方へ駆け出す。
「柳生さん!」
「雲川殿!」
柳生さんが木刀で鎌をいなしたところを入れ替わるように十手で死神の胴体を突いた。
のけ反ったところを柳生さんの木刀が首を斬り落とす。
その瞬間、死神が二体に分裂する。
「え!?」
「なっ!?」
身構えていたけれど、この瞬間で起こったという事に僕達は対応できず、分裂した死神の一体が急速にマネキンへ接近。
そのまま鎌を振り下ろす。
「あぁ!?」
鎌の刃がマネキンを貫いた。
粉々に砕け散るマネキン。
死神は首を傾げたようにしながらマネキンを確認する。
そして。
室内の温度が急激に下がる。
体育館の中心、そこで死神が怒り狂っていた。
「どうやら偽物だと気づいて怒っているようだ」
「人並みの感性があるんですね」
怒り狂っていた死神はぐるりとある方向へ鎌を向ける。
その先は瀬戸さんが隠れている場所。
「瀬戸さん!」
追いかけようとしたところで死神と低級怪異が道を阻む。
「標的を先に狙うつもりか!」
「邪魔だ!」
低級怪異を払いのけながら追いかけるが間に合わない。
机を壊して、その先にいる瀬戸さんに向かって鎌が振り下ろされた。
――計画通りだ。
「サプラーイズ!」
眩い光と共に飛び出した鎖が死神の体を絡めとる。
驚いたもう一体の方も飛来した複数の札が貼りついていく。
「まさか、二段構えになっているなんて想像はできなかったみたいだな」
壇上から降りてきた新城。
彼の後ろからゆっくりと瀬戸さんがついてくる。
一回目のマネキンが破壊されることは想定済み、もしかしたら瀬戸さんが隠れている場所が特定されるかもしれない。
そう考えた新城が二つ目の場所も囮にしてトラップを設置しようと決めた。
新城はお札による怪異を祓う事を得意としているけれど、こういう風にトラップを設置する絡め技も身に着けている。
「さて、動きを封じたから、そろそろ体に埋め込ませてもらいましょうか」
新城が言葉を紡ぐ。
その言葉は経の様に聞こえるけれど、実際は怪異を祓う為の言葉らしい。
これがなんなのか理解できるかどうかで祓う力を持っているかそうでないかがわかるという。
ちなみに僕と柳生さんはわかっていない。何度か新城の祓う場面を見てきたから理解しているだけ。
新城の言葉を聞いて苦しみ始めている怪異。
身をよじらせて新城が展開した罠から逃げようと低級の怪異へ指示を飛ばす。
指示を受けた怪異が新城へ狙いを定める。
「新城はやらせない!」
十手で怪異を叩き落とす。
怪異を祓う為の言葉を紡ぐ間、新城は無防備になる。
そんな彼を守るために僕がいる。
僕は怪異が視えるけれど、祓う力はない。
けれど、新城から与えられた怪異を撃退できる力で守る。
「それが、僕の役目だ」
怪異から新城を守っている間に状況は進展しており、先ほどから暴れている二体の死神は目に見えてわかるほどに弱っている。
言葉を紡ぎながら新城は小さなタマを取り出して、それぞれに埋め込む。
埋め込まれる際に暴れようとするも新城の力の前に抵抗できない。
「よし、完了」
新城が言葉を止めると怪異を抑え込んでいる力がなくなり、死神は瀬戸さんへ鎌を向ける。
瞬間、苦しそうに死神が体をくねらせた。
元の一体へ戻るとそのまま窓ガラスを突き破って外に出ていく。
「成功、か?」
「そう、みたいですね」
「え、どういうこと?」
柳生さんが木刀を収めて、僕が床に座り込む。
事態がわからず新城の後ろにいた瀬戸さんが尋ねる。
「今回、お前の依頼は奴を追い払うってことだからな。無理やりだが、死神を捕まえて体内に特殊なタマを埋め込んだ」
「見ていたけれど、普通のガラス玉にみえたわ」
「そのガラス玉にある術を仕込んである。お前に奴が近づこうとすると地獄の業火というべき炎が体内で燃え上がる」
「体内に炎を纏った鉄球があると思えばいい、人間にとって苦痛になるようなものが奴の体内に埋め込まれたのだ。激痛を伴ってまでお主を狙うかどうか、そこを判断して奴は引き上げたのだ」
「そもそもそんな炎を受けていて生きていられる人間もいないけどねぇ」
「じゃあ」
目を見開く瀬戸さんに新城は告げる。
「依頼達成。奴はお前を狙う事はない。二度と」
新城の言葉を聞いてへなへなと座り込む瀬戸さん。
無理もない、怪異は人が容易に触れていい存在じゃない。何より、瀬戸さんは怪異に狙われていた。
命の危険もあったから、その事で色々と限界が来たのだろう。
「クズ男に見せた気丈さはどこにいったんだ」
「だ、だって、本当に、死ぬかと思って」
「もう大丈夫だ。お前は狙われない」
「…………あ、ありがとう」
ポト、ポトと床に落ちていく水滴を僕と柳生さんはみないように視線を逸らした。
色々なものから解放されたばかりの彼女のそういう姿を見るのは良くないように感じたからだ。
「さて、アフターケアもしておくか」
泣いている瀬戸さんの傍で呟いた言葉を僕は聞き逃さなかった。
体育館の入口に貼ってある結界が音を立てて壊れる。
身構える僕と柳生さん。
数分と経たずして扉が開いてそこから様々な怪異が現れる。
低級、中級の怪異は体育館の中心にいる瀬戸さんのマネキンへ迫ろうとする。
「デヤァアアア!」
叫びと共に柳生さんが振るった木刀が怪異を斬る。
斬られた怪異は悲鳴を上げて外へ逃げ出す。
彼の木刀は新城が術を掛けていることもあるけれど、本人の霊力によってより増幅され、怪異にとっては致命傷に近いダメージを与えることが出来る。
振るう木刀によって次々と怪異が倒されているけれど、その攻撃を躱してマネキンを狙おうとする怪異もいた。
「雲川殿!」
「はい!」
待機していた僕の番だ。
腰に下げていた武器を取り出す。
口を開けてマネキンを飲み込もうとする怪異の額へ振り下ろした。
「ギィィィィィィイ!」
悲鳴を上げて後退する怪異。
「やっぱり、効果あるな。この十手」
手に馴染む十手を見て感嘆とした声を上げながら構える。
新城が用意してくれた十手は特注品で、怪異を祓う力はないけれど、怪異に傷を負わせる力はある。
なんで十手なのか新城は教えてくれないけど。
十手は武器であり捕具でもある。
突くや叩く事もできる上に人を捕縛する為に用いる道具だけど、後半は怪異相手にあまり使えない。
人型の怪異っていうのがあまりいないから突く、叩くなどで僕は使用している。
柳生さんが討ち漏らした怪異を僕が追い払う。
けれど。
「死神が現れない……どうして?」
「拙者達が疲弊するのを待っているのだろう。しかし、現れる数も減ってきている。いずれは」
「柳生さん!」
壁からいきなり現れて鎌を振り下ろそうとしている死神の姿に気付く。
僕は地面を蹴り、柳生さんの首を刎ねようとしている鎌に十手をぶつける。
火花を散らしながら鎌の軌道を変えることに成功しつつも、伸びた手が胸倉をつかんで遠くの壁まで投げ飛ばされた。
「ガッ!」
受け身をとることもできず灰から空気が抜けて、呼吸が苦しくなる。
怪異は人を狂わせる。
護符を新城からもらっていても、強力な怪異に触れれば狂ってしまう。
何度か怪異に遭遇しているけれど、この威圧感に体がまだ慣れない。
「このタイミングで死神か!」
木刀を構える柳生さん。
平然としているが額に少し汗が浮かんでいる。
彼ほどの猛者でも死神の威圧感は凄いものなんだ。
死神は鎌を振るう。
振るわれる鎌を柳生さんがいなす。
信じられない速度で振るわれる鎌を木刀でいなし続けている柳生さん。
だが、死神に集中しているせいで他の怪異がマネキンに近付いていく。
「くそっ!」
自分に喝を入れて立ち上がると怪異の一体を十手で殴る。
悲鳴を上げて地面にバウントするぶよぶよな物体をみながら死神と戦う柳生さんの方へ駆け出す。
「柳生さん!」
「雲川殿!」
柳生さんが木刀で鎌をいなしたところを入れ替わるように十手で死神の胴体を突いた。
のけ反ったところを柳生さんの木刀が首を斬り落とす。
その瞬間、死神が二体に分裂する。
「え!?」
「なっ!?」
身構えていたけれど、この瞬間で起こったという事に僕達は対応できず、分裂した死神の一体が急速にマネキンへ接近。
そのまま鎌を振り下ろす。
「あぁ!?」
鎌の刃がマネキンを貫いた。
粉々に砕け散るマネキン。
死神は首を傾げたようにしながらマネキンを確認する。
そして。
室内の温度が急激に下がる。
体育館の中心、そこで死神が怒り狂っていた。
「どうやら偽物だと気づいて怒っているようだ」
「人並みの感性があるんですね」
怒り狂っていた死神はぐるりとある方向へ鎌を向ける。
その先は瀬戸さんが隠れている場所。
「瀬戸さん!」
追いかけようとしたところで死神と低級怪異が道を阻む。
「標的を先に狙うつもりか!」
「邪魔だ!」
低級怪異を払いのけながら追いかけるが間に合わない。
机を壊して、その先にいる瀬戸さんに向かって鎌が振り下ろされた。
――計画通りだ。
「サプラーイズ!」
眩い光と共に飛び出した鎖が死神の体を絡めとる。
驚いたもう一体の方も飛来した複数の札が貼りついていく。
「まさか、二段構えになっているなんて想像はできなかったみたいだな」
壇上から降りてきた新城。
彼の後ろからゆっくりと瀬戸さんがついてくる。
一回目のマネキンが破壊されることは想定済み、もしかしたら瀬戸さんが隠れている場所が特定されるかもしれない。
そう考えた新城が二つ目の場所も囮にしてトラップを設置しようと決めた。
新城はお札による怪異を祓う事を得意としているけれど、こういう風にトラップを設置する絡め技も身に着けている。
「さて、動きを封じたから、そろそろ体に埋め込ませてもらいましょうか」
新城が言葉を紡ぐ。
その言葉は経の様に聞こえるけれど、実際は怪異を祓う為の言葉らしい。
これがなんなのか理解できるかどうかで祓う力を持っているかそうでないかがわかるという。
ちなみに僕と柳生さんはわかっていない。何度か新城の祓う場面を見てきたから理解しているだけ。
新城の言葉を聞いて苦しみ始めている怪異。
身をよじらせて新城が展開した罠から逃げようと低級の怪異へ指示を飛ばす。
指示を受けた怪異が新城へ狙いを定める。
「新城はやらせない!」
十手で怪異を叩き落とす。
怪異を祓う為の言葉を紡ぐ間、新城は無防備になる。
そんな彼を守るために僕がいる。
僕は怪異が視えるけれど、祓う力はない。
けれど、新城から与えられた怪異を撃退できる力で守る。
「それが、僕の役目だ」
怪異から新城を守っている間に状況は進展しており、先ほどから暴れている二体の死神は目に見えてわかるほどに弱っている。
言葉を紡ぎながら新城は小さなタマを取り出して、それぞれに埋め込む。
埋め込まれる際に暴れようとするも新城の力の前に抵抗できない。
「よし、完了」
新城が言葉を止めると怪異を抑え込んでいる力がなくなり、死神は瀬戸さんへ鎌を向ける。
瞬間、苦しそうに死神が体をくねらせた。
元の一体へ戻るとそのまま窓ガラスを突き破って外に出ていく。
「成功、か?」
「そう、みたいですね」
「え、どういうこと?」
柳生さんが木刀を収めて、僕が床に座り込む。
事態がわからず新城の後ろにいた瀬戸さんが尋ねる。
「今回、お前の依頼は奴を追い払うってことだからな。無理やりだが、死神を捕まえて体内に特殊なタマを埋め込んだ」
「見ていたけれど、普通のガラス玉にみえたわ」
「そのガラス玉にある術を仕込んである。お前に奴が近づこうとすると地獄の業火というべき炎が体内で燃え上がる」
「体内に炎を纏った鉄球があると思えばいい、人間にとって苦痛になるようなものが奴の体内に埋め込まれたのだ。激痛を伴ってまでお主を狙うかどうか、そこを判断して奴は引き上げたのだ」
「そもそもそんな炎を受けていて生きていられる人間もいないけどねぇ」
「じゃあ」
目を見開く瀬戸さんに新城は告げる。
「依頼達成。奴はお前を狙う事はない。二度と」
新城の言葉を聞いてへなへなと座り込む瀬戸さん。
無理もない、怪異は人が容易に触れていい存在じゃない。何より、瀬戸さんは怪異に狙われていた。
命の危険もあったから、その事で色々と限界が来たのだろう。
「クズ男に見せた気丈さはどこにいったんだ」
「だ、だって、本当に、死ぬかと思って」
「もう大丈夫だ。お前は狙われない」
「…………あ、ありがとう」
ポト、ポトと床に落ちていく水滴を僕と柳生さんはみないように視線を逸らした。
色々なものから解放されたばかりの彼女のそういう姿を見るのは良くないように感じたからだ。
「さて、アフターケアもしておくか」
泣いている瀬戸さんの傍で呟いた言葉を僕は聞き逃さなかった。