「まずあの怪異の名前は赤い死神って言われている」
「赤い死神?」

特別教室へ場所を変えた後、新城があの赤い怪異について話してくれる。

「我ら怪異を祓う者達の間で噂として囁かれておったが、よもや実在しているとは思わんかった」

少し離れたところで腕を組んでいる柳生さん。

「ねぇ、ところで、あのぎゅうなんとかっていう人、何者?怪異と戦えるって言っていたけど」

僕の背中をツンツンと突いて瀬戸さんが尋ねてくる。

「彼は柳生十兵衛さん、さっきも言ったけど、怪異と戦う事が出来る人なんだ。詳しいことは僕も知らないけれど、柳生さんの家が怪異と戦う……専門家みたいなところで」
「じゃあ、怪異を祓えるの?」
「拙者は戦う事ができるのみ、祓う事はできん。それ故に新城殿と協力関係を築いている」

話を聞いていた柳生さんが説明してくれる。

「今回の相手はヤバイ。相手が赤い死神だとわかったからな」
「さっきも言っていたけど、赤い死神ってそんなヤバイの?そりゃ、さっき遭遇した時にヤバイってことはわかったけど」

危ないと言われた怪異を視てきた事もある。アレがヤバイという事も知っている。
だが、目の前の二人の警戒心が異常に高いことが気になってしまう。

「アレは怪異であって怪異じゃない」

新城は赤い死神ついて教えてくれる。
“赤い死神”そう呼ばれるようになったのはいつかわからないくらい古い時代から存在する怪異。
人の不幸を餌として、人そのものを食べるのではなく、嫉妬や怒り、悲しみといったマイナスの感情を主食。
マイナスの感情を得る為に奸計等を用いる。
妖怪と呼ばれる存在と異なり、発祥もわからず、長い歴史で何度も姿を目撃されるも祓う事ができない。

「え、祓う事ができないって」
「多くの実力ある者達が奴と対峙し祓う事を試みた。だが、奴は祓う事ができない。故に多くの者は退けるか、封印するかしかなかった。拙者の家に記録があった。奴を最後に封印したのは今より三十年前の事だと」
「じゃあ、封印が解けて?」
「ちょっと待ってよ!そんな奴がどうしてアタシを狙うワケ!?」
「赤い死神は人のマイナスの感情、つまり、妬みや恨み等を餌としている。アンタを標的としているのは男達がアンタに告白してくるからだよ」

あの怪異は人のマイナスの感情を狙う。
瀬戸さんに対して、周りの人達は良い印象を抱いていなかった。

「それが彼女の狙われる原因?そんなの」
「おかしいって?俺らからしたらそうでも、奴は違う。どうやらコイツに向けられるマイナスの感情は極上の餌なんだろう。それを得られるためなら様々な手段を用いる。今回みたいに低級の怪異を人に憑依させて襲わせるみたいに、な」
「なんで」

瀬戸さんが立ち上がる。

「なんで、アタシがくだらない男達の為にそんな目に合わないといけないわけ!?何かした!?可愛いから!?そんな理由でこんなわけのわからない目にあうなんて!」

その手は怒りで震えている。

「――最低!」

顔を顰めながら外に出ていく瀬戸さん。

「待て」

追いかけようとした僕を新城が腕を掴む。

「それは俺がやるから、お前は柳生さんと準備を頼む。死神の奴が引き上げたのは自分だけじゃ勝てないと判断したからに過ぎない。次は戦力を整えて来る」
「でも、そっちの準備は」
「既に終わらせている。工藤の奴に体育館を抑えてもらっているからそこで柳生と準備していてくれ」
「……わかった。瀬戸さんの事、よろしく」
「お前に言われるまでもねぇよ」

ひらひらと手を振って出ていく新城。

「では、雲川殿、我々は準備を」
「わかりました」

















準備を任せて瀬戸を追いかける新城。
彼女が知らないところで狙われないようにこっそりと追跡用の札を貼り付けてある。

「こっちか」

札がある場所を目指して進んでいると大きな声が聞こえてくる。

「触らないで!」
「そう冷たい態度をとるなって。俺は瀬戸と仲良くなりたいだけで」
「アタシはそんなこと望んでいない!要らないの!放っておいてよ!」

角から顔を出すと男子生徒がユウリへ絡んでいた。

「面倒な場面にでくわしたなぁ」

さっさと彼女を連れて去りたいところだが、どうするか。
しばらく様子を見ているとユウリの手が男子生徒の頬を叩く。
伸びてきた手を払いのけようとしてそのまま当たったという感じだろう。

「あ?」

だが、男子生徒はプライドを傷つけられたと感じた。
怒りに顔を染めると彼女を突き飛ばす。
小さな悲鳴を上げて廊下に倒れる。

「ふっざけんなよ。可愛いからって偉そうに!可愛いからって何でも」
「はーい、そこまで」

これ以上は危ない。
そう判断した新城が二人の間に割り込む。

「あぁ?」

突然の乱入者に男子生徒は怒りの矛先を変更する。

「ンだ。このチビ」

ブチン!
頭の血管が数本、千切れて新城は地面を蹴る。

「は?」

ぽかんとした男子生徒。
新城は男子生徒の腹にドロップキックを叩き込む。

「ぐへぇ!?」

唾液をまき散らしながら転倒。
ピクピクと痙攣しているから生きているだろうが意識は失っていた。

「誰がチビだ。このくそ野郎め」

ケッと言いながら新城は座り込んでいるユウリに近付く。

「立てよ」
「助けてって頼んでない」

フンと鼻音を鳴らしながら倒れている男子生徒の頭を蹴る。

「コイツが俺を侮辱したから撃退しただけだ。助けたつもりはない」
「アンタ、優しくない」
「優しさを求めているのか?」

新城の言葉にユウリは顔を顰めながら立ち上がる。

「何しに来たの」
「……依頼の件、どうするつもりだ?」
「場所を変えましょう」

彼女の提案に新城は面倒そうに顔を顰めた。


















結局、梃子でも譲らない彼女に負けて新城は人通りが少ない学園の中庭に来ていた。

「愛なんてくだらないって、アタシ、間違っているかな?」
「唐突だな」

新城を置いてユウリは話を始める。
瀬戸ユウリは幼いころから裕福な家庭で育てられた。
父親は大企業の社長、母は海外で活動中の服飾デザイナー。
両方とも仕事でいつも家にいない。
だからといって寂しい思いはしていなかった。
大切な記念日に両親は必ず祝ってくれるから。
愛に飢える事なく、幸せと言える日常だろう。
そんな日常に亀裂が入ったのは彼女が外国人である母の血を引いて美少女だった事が原因だったのだろう。
幼少期からシミのない肌、綺麗な金の髪。
ハーフであるユウリは小さい頃から異性に告白されてきた。
その美貌は年齢問わず男を引き寄せてしまい、不審者に誘拐されそうになった事もある。
男達の目をユウリは忘れない。
下心を秘めた下劣な目。
自分を手に入れる為ならどんな汚い事でもしてみせるという歪んだ目。

「だから、アタシは男が嫌い、男はアタシを目立たせるためのパーツか引き立て役か何かだとしか思っていない。アンタがノックアウトした男もそう、アタシをグループに入れて優位に立ちたいだけ――」
「その話を聞いて、俺は同情すればいいのか?」
「女心って、アンタ、知らないの?」
「知らないね、そんなものは……この目と一緒に捨てたよ」

新城は髪をかき上げる。
髪の奥に隠されている眼帯。

「この目は怪異に襲われて奪われた。その怪異は恋だの、愛だの言葉を吐いて俺から目を奪った。その時から、俺は恋愛なんか興味はないし、誰かと添い遂げるなんてこともしない。お前の言う気持ちを共感できるともいわない。少しはわかるかもしれないが」

だけど、と新城は言葉を紡ぐ。

「俺なら理解できるやハグをしてほしいとか、そういうことをお前は求めていないだろう?お前が望んでいるものがあるはずだ。それを掴むことを考えろよ。その為に気持ちを吐き出したいというのなら吐き出せばいい。それくらいの時間なら待ってやる」
「アタシは――」

新城の言葉がトリガーとなってユウリは悪態を吐きだす
吐き出される内容は親族よりも学校や見ず知らずの男達の事。
自分の外見惹かれて、告白してくる者達。
ブランド品かパーツの様に自分を見るスクールカースト連中。
狙っている相手を奪われて嫉妬の言葉や嫌がらせをしてくる同性達。
思ったよりも闇が深いと思いながらも口を挟まずに聞くことに専念する。
近くを通る生徒や教師に聞こえないようにさりげなく人払いの術を新城は施す。

「あ~~~~、すっくりしたぁ!」

ひたすら愚痴を吐き続けた事で気持ちが楽になったのか両腕を頭上へ伸ばして笑顔を向ける。

「誰かに愚痴を吐き出すってこんなにすっきりすることなんだ。知らなかった」
「そうかい」

ただひたすら愚痴を聞いて、柄にもないことをしてしまって辟易とした態度で答える。

「あの怪異、アンタならなんとかできるんだよね」
「完全に祓う事は確約できない。だが、アンタに奴が二度と手出しできないようにできる」

先ほどまでの表情から一転して不安そうに揺れるユウリに新城は告げる。

「俺を信じるか、このまま怪異の犠牲になるか、お前に残されている選択肢は二つ。どっちを取る?」

夕焼けの光が窓から差し込む中で新城はユウリへ手を伸ばす。

「この手を取るか、払いのけるか、どっちか選べ」
「決まってる」

ユウリは新城の手を掴んだ。

「アタシは怪異なんてわけのわからない存在に潰されてなんかやらない。何もせずに終わるなんてもっと嫌!」
「わかった。俺が、いや、俺達がお前を狙っている怪異を祓ってやるよ」
























「待たせたな~」

僕と柳生さんが準備を終えた所で新城が瀬戸さんを連れてやってくる。
さっきまで焦燥していた表情と違って、憑き物が落ちた表情をしていた。

「新城、うまくいったみたいだね」
「俺はなんもしてねぇよ。アイツが決めたんだ」
「その割には瀬戸さんの新城を見る目がさっきと違うような」
「あー、うるせぇうるせぇ。準備は済んだんだな?」
「うん。ほら」

工藤先生が予約してくれた体育館の中央、文字が描かれたサークル。
その中心におかれたマネキン。

「このマネキン、どうするの?」
「効果は薄いと思うが標的にするんだよ。ほら、さっき言った物、寄越せ」

新城が瀬戸さんへ手を伸ばす。
ちらりと新城を見てから瀬戸さんは髪をぴんと引き抜いて差し出す。
受け取った新城は手の中の髪を紙で包むとマネキンに貼り付ける。
すると、あら不思議マネキンが瀬戸さんの姿に変わっていく、

「あ、アタシだ」
「身代わりの術だ。中~低級の怪異なら引っかかる。赤い死神相手にどこまで通用するかわからん。だから、お前はあそこに隠れろ。何があっても声を出すな」
「わかった。ねぇ、チビ」
「誰が、チビだ。この女」

身長をけなされて眉間へ深い皺が寄る新城。

「…………信じているから」

慌てて止めようとしたけれど、小さく呟いた瀬戸さんの言葉に動きを止める。
何かを言う前に彼女が用意された場所に隠れた事を確認して、新城は制服からある道具を取り出す。

「お前の仕事だ。やりきるぞ」

差し出された道具を僕は受け取る。

「了解。でも、僕と新城がいれば、大丈夫だよ」
「絶対はない。集中しろ」

いつものやり取りをして僕は準備に入る。
体育館の窓からみえる外の景色は夕焼けから夜空に染まりつつあった。









夜は怪異の時間。












瀬戸ユウリさんを狙って、やってくる。