昼休み。
僕は瀬戸さんを探しにC組へ足を運ぶ。
教室の中を覗き込むと瀬戸さんの姿はない。
学食だろうか?
僕は近くで談笑している生徒の一人へ声をかける。
「すいません。瀬戸さんはどちらにいったかわかります?」
「えっと……」
「体育館か校舎裏の方じゃないですかぁ?」
メイクの濃いギャルみたいな女子生徒が笑みを浮かべて教えてくれる。
「体育館か校舎裏?」
僕の問いかけにニタァと嫌な笑みを浮かべる。
「氷の女王様だから、まーた、誰か振っているんじゃないですか、ホント、何様って感じ?」
「えっと、たくさんの人に告白されるとか?」
「その全部を断っているのよ?A組の田中君とか、二年の藻南先輩とか」
ギャルさんは楽しそうに教えてくれるがその目は笑っていない。
周りを見ると「またか」という表情をしている生徒が男女問わず沢山いる。
教室内の反応を見る限り瀬戸さんの印象はあまり良くないみたい。
とりあえず、教室にいないのなら教えてくれた場所へ行ってみることにしょう。
「ありがとう、探してみるよ」
「アンタも瀬戸さんに告白でもするの?」
「あ、僕はそういうことはしないから」
「へ~、珍しい」
ギャルは感嘆な声を上げる。
僕の反応が珍しかったらしい。
教室を出て言われた場所へ向かうことにした。
「瀬戸ユウリさん、俺と付き合ってください」
校舎裏は誰もいなかったのでその足で体育館裏に向かうと男子生徒の声が聞こえてくる。
内容からして告白みたいだけど、まさかの場面の為、咄嗟に隠れた。
耳を澄ましてみると男子生徒は瀬戸さんを一目ぼれして告白してきた様子。
「お断り。話がそれだけなら、アタシ、行くから」
一目ぼれなんてあるんだなぁと思っていると冷めた声が聞こえる。
「え、その、返事は」
「今、言ったでしょ。お、こ、と、わ、り!」
大きな声で瀬戸さんが叫ぶ。
どうやら姿の見えない男子生徒の告白は失敗に終わったらしい。
瀬戸さんのローファの靴音がこちらに近付いてくる。
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして、ダメなんですか!?自分のどこが」
どうやら男子生徒は断られた事に納得がいっていないらしい。
ひょこっと顔を出してみると瀬戸さんへ男子生徒が縋るように手を伸ばしていた。
「触らないで!」
「す、すいません」
伸びてくる手を払いのけて距離をとる瀬戸さん。
後ろからでわからないけれど、声に敵意を感じる。
触られるのが嫌なのだろうか。
「本当にわかんない?」
冷たい声で瀬戸さんが尋ねる。
「アタシ、美女と野獣をリアルでやる気はないの」
成程と僕は納得する。
瀬戸さんに告白してきた男子生徒は二年生、顔つきは厳つく体格はがっしりしており身長は180センチくらいだろう。
対して瀬戸さんは160センチくらいの身長。
20センチ以上の差と顔つき等から美女と野獣という言葉は的確だと思えた。
「アンタ、何しているの?」
「あ」
瀬戸さんが僕を見ていた。
接近に気付かなかった僕は隠れることを忘れていた。
「えっと、その」
「今の、盗み見していたのね?最低」
半眼でこちらをみている彼女に僕はなんといえばいいかわからずあたふたするばかり。
「ごめんなさい。瀬戸さんを探していたら、その出くわしてしまって」
「別に謝らなくていいわ。いつものことだし」
ぷぃっと視線を向けて歩き出す。
「瀬戸さん、待ってください!」
彼女の後に続こうとしたところで振られた男子生徒が追いかけてくる。
「告白なら断ったよね?」
「その男は何です?ソイツと付き合っているんですか!?」
ギロリと男子生徒は僕を睨んでくる。
「はぁ?そんな事アンタに関係ないよね?」
「あ、ありますよ!」
男子生徒は僕を指さす。
「コイツは女を不幸にする最低な奴です!そんな奴と一緒にいたら瀬戸さんが不幸になる」
この男子生徒は“僕の噂”を知っているらしい。
余計な事を言えば話がこじれるかもしれないな。
どう対応するか考えていると呆れたように瀬戸さんがため息を零す。
「アンタはコイツの事をどれだけ知っているのよ?」
「え、それは」
敵意を含んだ目を向けられた男子生徒は戸惑いの声を漏らしていた。
彼女に敵意を向けられた事に戸惑っているらしい。
「知りもしない癖に、コイツの事を否定するなんてアンタの器の底が知れるわね。二度と、話しかけないで!」
最後は大きな声で彼女は拒絶すると僕に行こうと促す。
ここに残る理由もないので瀬戸さんの後を追いかける。
「その、ありがとうございます」
少しほど、移動した後に僕は感謝の言葉を告げた。
「い、いきなり何よ」
「あぁ、その、庇ってくれたから」
「そんなこと別にいいわよ。アタシ、上っ面だけ判断して評価を下す奴が大っ嫌いなのよ」
本当に大っ嫌いという瀬戸さんの目は怒りで揺れている。ついでに歩く速度も速くなる。
過去に何かあったのだろうか?
「それより、アタシに何の用?あのチビはいないみたいだけど」
「新城の事?依頼の為に準備をしていて……」
「そう、ちゃんと引き受けてくれるんだ」
先ほどまでの歩みが少し遅くなる。
「依頼を引き受けたからね。僕は新城に頼まれて瀬戸さんの様子を確認するように言われたんだ」
「それ、話してよかったの?」
「大丈夫かな」
うん、多分。
「変な奴」
僕を見て瀬戸さんは小さく笑う。
いつもピリピリしている印象だったけど、小さく笑っている姿は愛らしい。
「何よ?」
「ううん、そういえば、昼はいつもどうしているの?」
「食べていないわ」
「え!?」
不思議そうに瀬戸さんはこちらをみる。
「アタシ、朝と夜しか食べないの、あまりエネルギー使わないし」
「ダメだよ。朝昼夜三食しっかりとらないと!」
僕を鍛えてくれた祖父も「何があろうと朝昼夜は食事をとれ、食事は体を動かす為のエネルギー、それを怠る者は未熟者よ!」と耳にタコができるほど教えてくれたし。
「いいわよ」
「じゃあ、僕がこれからご飯食べるから一緒に来てよ。ついでに何か奢るから」
少し話して分かったけれど、瀬戸さんは頑固だ。そんなに相手にどうすればいいのかは新城で心得ている。
「アンタ、頑固って言われるでしょ」
「あー、うん。新城に言われたかな?」
出会った時の事を思い出して自然と口元が緩む。
「前から聞こうと思ったんだけど、アンタどうして、あのチビと」
「瀬戸さん!!」
廊下に響く声に僕と瀬戸さんは振り返る。
「瀬戸さん!」
やってきたのは先ほど、振られた男子生徒。
その目は血走っていた。
彼を見た瀬戸さんは呆れてため息を零す。
「また、アンタ?しつこいわよ。いい加減にしないと」
「待って」
男子生徒に近付こうとした彼女の前に腕を伸ばして止める。
あれは、ヤバイな。
「ちょっと、いきなり何するのよ!」
「いいから下がって、あれはマズイ」
瀬戸さんからしたら普通の男子生徒にみえるんだろう。
けれど、“視える”僕は彼が全く別のものに映っていた。
「彼は怪異に憑かれている」
「何を言ってんのよ!?そんなこと言われても何も変わって」
「瀬戸さん、危険だからここから離れて、危ない!」
前から迫る気配に僕は瀬戸さんを突き飛ばす。
少し遅れて眼前に迫る拳。
衝撃と音で視界がグワングワンと揺れる。
けれど、痛みはない。
制服に仕込まれている新城の護符が機能してくれたらしい。
怪異の力は人間の何倍もある。
何もせずに受けたらあっという間にミンチになるケースがある。そうならない為に祓い屋や協力者は怪異の攻撃から身を守る護符を貼っている。
骨や肉にダメージはないけれど、衝撃は多少、体に響く。
「嘘、ねぇ、大丈夫!?」
男子生徒に殴られて数メートルほど転がった僕に顔を青ざめた瀬戸さんが駆け寄ろうとする。
「大丈夫だから、今はそこから動かず、声を出さないで」
咄嗟に瀬戸さんへ新城が渡してくれた札を貼り付ける。
新城が作ってくれたお札の一つで弱い怪異から存在を隠してくれるもの。
問題があるとすれば存在を隠してくれるけれど、声や音までは消してくれないのでそれを怪異が察知すれば効力をなくしてしまう。
「瀬戸さん、瀬戸さん、ドこにカクした?」
血走った目で周りを見渡すアイツ。
元々、巨体だった姿はさらに大きくなり、体のほとんどが真っ黒に染まって、血の様に真っ赤な目がぎょろぎょろと動いている。
他のところへ行かせないように釘付けにしないといけない。
新城か工藤先生が異変に気付けば助けに来てくれる。
「僕はそれまで時間を稼げばいいからね」
呼吸は整えた。
後は相手の動きを見極めて回避に専念すればいい。
怪異の相手をする場合、新城のような祓う力を持っている人でないと太刀打ちできない。
僕の場合、怪異を視ることはできるけれど、そういう術をもたない。
だから、一人で怪異に遭遇した時は回避か守りに徹して祓える人が来るのを待つ。
「ドコダァアアアアアアアアアア!」
人とは思えないおぞましい声と共に拳を振り上げる怪異。
迫る拳を僕は片手でいなして距離をとる。
普通の人なら捉えられない拳だろうけれど、ギリギリ僕は見切れた。
近付いてくる怪異の重心を脚で狙う。
「グガァアアアアアアアアア!?」
壁にぶつかってごろごろ回りながら天井に張り付いた。
熊みたいなガタイの人が天井から逆さまに見下ろしているって中々にホラー過ぎる。
後ろにいる瀬戸さんをみる。
音や声を発しないように動かないでいてくれているけど、顔は真っ青で震えていた。
怪異に遭遇して冷静でいられる人は少ない。
必死に堪えてくれる事に感謝しながら目の前の怪異と対峙していると。
「ドコダァアアアアアアアアアアアアア!」
叫びと共に口から舌が飛び出す。
弾丸の様に飛来する舌。
まずい、速すぎて捉えられない!
「ぐっ、はぁ!」
左腕で怪異が狙う箇所をギリギリで受け止めるも衝撃を殺しきれず後ろに倒れてしまう。
今の衝撃で制服が破れて中の護符が千切れてしまった。
皮膚が裂けて、血が床に零れる。
「ぁっ」
後ろから小さな声が聞こえた。
マズイ、気付かれる!
怪異は今の声を聞き逃さなかったようで血走った目でギョロギョロと周囲を見ている。
そして、ある一点を注視していた。
「ミーツケタァ」
札の効力が切れた!
怪異は瀬戸さんを狙おうとしている。
「瀬戸サァアアアアアアアアアアアアアアアン!」
飛び掛かる怪異へ手を伸ばすも届かない。
怪異の手が瀬戸さんに届いて――
「ギィャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
廊下内に響き渡る絹を劈くような声。
それは瀬戸さんの悲鳴じゃない。
「よくぞ、ここまで持ちこたえた」
廊下でのたうち回る怪異。
瀬戸さんの前に一振りの木刀を構えた男性がいる。
紺色の胴衣と袴姿で肩まで伸びた髪を後ろでまとめていた。
「柳生さん!」
「雲川殿」
頼もしい人が来てくれた、最高だ。
「後は拙者が引き受ける!」
「お願いします!」
怪異を柳生さんに任せて瀬戸さん方に向かう。
「瀬戸さん、大丈夫?」
「だ、誰なの?あのおじさん」
怪異の人外的な動きを木刀でいなして確実にダメージを与えていく柳生さんの姿をみて、瀬戸さんが戸惑いながら尋ねてくる。
「あの人は柳生十兵衛さん……生身で怪異と戦うことが出来る凄い人だよ」
「確かに、あの野獣を凌駕しているけれど……」
僕らの目の前で柳生さんによって怪異は虫の息だ。
「これで動けまい」
木刀を一振りしてから腰に収める。
「悪いな、遅くなった」
反対側の通路から新城がゆっくりやってくる。
「新城殿、後は任せる」
「了解」
怪異の前に立つ新城はお札を取り出すとぺたりと額に貼り付ける。
「ギギギ、ギ、ギィ」
祓う為の札を貼られた怪異は消えて、憑依されていた人は痙攣すると動かなくなった。
「死んだの?」
動く様子のない男子生徒をみて、おそるおそる瀬戸さんが尋ねる。
「気絶しただけだよ」
「怪異に体を支配されていたから、体力が尽きて気絶しているんだ。さて、コイツはここで放置するとして」
新城と柳生さんが同時にある方向を見る。
学校の外。
グラウンドの隅っこ。
釣られて僕も視線を向ける。
――ヤツはいた。
「何、あれ?」
全身をすっぽりと血のように赤いマントで身を包み、フードの中は白い仮面。
仮面の奥からこちらをみている真っ赤な瞳。
何もかも赤い存在。
佇んでいるだけなのに強烈な威圧感を放っている。
色々な怪異を視てきたけれど、あんなのは初めてだ。
かなりの距離があるというのに新城や柳生さんは警戒を緩めない。
「あれ、消えた?」
瞬きをしている間に赤い奴は姿を消してしまう。
「あれも、怪異なの?」
「そうだな。怪異だ。とびっきりヤバイ怪異」
奴が去った方向を新城は鋭い目で見ていた。
僕は瀬戸さんを探しにC組へ足を運ぶ。
教室の中を覗き込むと瀬戸さんの姿はない。
学食だろうか?
僕は近くで談笑している生徒の一人へ声をかける。
「すいません。瀬戸さんはどちらにいったかわかります?」
「えっと……」
「体育館か校舎裏の方じゃないですかぁ?」
メイクの濃いギャルみたいな女子生徒が笑みを浮かべて教えてくれる。
「体育館か校舎裏?」
僕の問いかけにニタァと嫌な笑みを浮かべる。
「氷の女王様だから、まーた、誰か振っているんじゃないですか、ホント、何様って感じ?」
「えっと、たくさんの人に告白されるとか?」
「その全部を断っているのよ?A組の田中君とか、二年の藻南先輩とか」
ギャルさんは楽しそうに教えてくれるがその目は笑っていない。
周りを見ると「またか」という表情をしている生徒が男女問わず沢山いる。
教室内の反応を見る限り瀬戸さんの印象はあまり良くないみたい。
とりあえず、教室にいないのなら教えてくれた場所へ行ってみることにしょう。
「ありがとう、探してみるよ」
「アンタも瀬戸さんに告白でもするの?」
「あ、僕はそういうことはしないから」
「へ~、珍しい」
ギャルは感嘆な声を上げる。
僕の反応が珍しかったらしい。
教室を出て言われた場所へ向かうことにした。
「瀬戸ユウリさん、俺と付き合ってください」
校舎裏は誰もいなかったのでその足で体育館裏に向かうと男子生徒の声が聞こえてくる。
内容からして告白みたいだけど、まさかの場面の為、咄嗟に隠れた。
耳を澄ましてみると男子生徒は瀬戸さんを一目ぼれして告白してきた様子。
「お断り。話がそれだけなら、アタシ、行くから」
一目ぼれなんてあるんだなぁと思っていると冷めた声が聞こえる。
「え、その、返事は」
「今、言ったでしょ。お、こ、と、わ、り!」
大きな声で瀬戸さんが叫ぶ。
どうやら姿の見えない男子生徒の告白は失敗に終わったらしい。
瀬戸さんのローファの靴音がこちらに近付いてくる。
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして、ダメなんですか!?自分のどこが」
どうやら男子生徒は断られた事に納得がいっていないらしい。
ひょこっと顔を出してみると瀬戸さんへ男子生徒が縋るように手を伸ばしていた。
「触らないで!」
「す、すいません」
伸びてくる手を払いのけて距離をとる瀬戸さん。
後ろからでわからないけれど、声に敵意を感じる。
触られるのが嫌なのだろうか。
「本当にわかんない?」
冷たい声で瀬戸さんが尋ねる。
「アタシ、美女と野獣をリアルでやる気はないの」
成程と僕は納得する。
瀬戸さんに告白してきた男子生徒は二年生、顔つきは厳つく体格はがっしりしており身長は180センチくらいだろう。
対して瀬戸さんは160センチくらいの身長。
20センチ以上の差と顔つき等から美女と野獣という言葉は的確だと思えた。
「アンタ、何しているの?」
「あ」
瀬戸さんが僕を見ていた。
接近に気付かなかった僕は隠れることを忘れていた。
「えっと、その」
「今の、盗み見していたのね?最低」
半眼でこちらをみている彼女に僕はなんといえばいいかわからずあたふたするばかり。
「ごめんなさい。瀬戸さんを探していたら、その出くわしてしまって」
「別に謝らなくていいわ。いつものことだし」
ぷぃっと視線を向けて歩き出す。
「瀬戸さん、待ってください!」
彼女の後に続こうとしたところで振られた男子生徒が追いかけてくる。
「告白なら断ったよね?」
「その男は何です?ソイツと付き合っているんですか!?」
ギロリと男子生徒は僕を睨んでくる。
「はぁ?そんな事アンタに関係ないよね?」
「あ、ありますよ!」
男子生徒は僕を指さす。
「コイツは女を不幸にする最低な奴です!そんな奴と一緒にいたら瀬戸さんが不幸になる」
この男子生徒は“僕の噂”を知っているらしい。
余計な事を言えば話がこじれるかもしれないな。
どう対応するか考えていると呆れたように瀬戸さんがため息を零す。
「アンタはコイツの事をどれだけ知っているのよ?」
「え、それは」
敵意を含んだ目を向けられた男子生徒は戸惑いの声を漏らしていた。
彼女に敵意を向けられた事に戸惑っているらしい。
「知りもしない癖に、コイツの事を否定するなんてアンタの器の底が知れるわね。二度と、話しかけないで!」
最後は大きな声で彼女は拒絶すると僕に行こうと促す。
ここに残る理由もないので瀬戸さんの後を追いかける。
「その、ありがとうございます」
少しほど、移動した後に僕は感謝の言葉を告げた。
「い、いきなり何よ」
「あぁ、その、庇ってくれたから」
「そんなこと別にいいわよ。アタシ、上っ面だけ判断して評価を下す奴が大っ嫌いなのよ」
本当に大っ嫌いという瀬戸さんの目は怒りで揺れている。ついでに歩く速度も速くなる。
過去に何かあったのだろうか?
「それより、アタシに何の用?あのチビはいないみたいだけど」
「新城の事?依頼の為に準備をしていて……」
「そう、ちゃんと引き受けてくれるんだ」
先ほどまでの歩みが少し遅くなる。
「依頼を引き受けたからね。僕は新城に頼まれて瀬戸さんの様子を確認するように言われたんだ」
「それ、話してよかったの?」
「大丈夫かな」
うん、多分。
「変な奴」
僕を見て瀬戸さんは小さく笑う。
いつもピリピリしている印象だったけど、小さく笑っている姿は愛らしい。
「何よ?」
「ううん、そういえば、昼はいつもどうしているの?」
「食べていないわ」
「え!?」
不思議そうに瀬戸さんはこちらをみる。
「アタシ、朝と夜しか食べないの、あまりエネルギー使わないし」
「ダメだよ。朝昼夜三食しっかりとらないと!」
僕を鍛えてくれた祖父も「何があろうと朝昼夜は食事をとれ、食事は体を動かす為のエネルギー、それを怠る者は未熟者よ!」と耳にタコができるほど教えてくれたし。
「いいわよ」
「じゃあ、僕がこれからご飯食べるから一緒に来てよ。ついでに何か奢るから」
少し話して分かったけれど、瀬戸さんは頑固だ。そんなに相手にどうすればいいのかは新城で心得ている。
「アンタ、頑固って言われるでしょ」
「あー、うん。新城に言われたかな?」
出会った時の事を思い出して自然と口元が緩む。
「前から聞こうと思ったんだけど、アンタどうして、あのチビと」
「瀬戸さん!!」
廊下に響く声に僕と瀬戸さんは振り返る。
「瀬戸さん!」
やってきたのは先ほど、振られた男子生徒。
その目は血走っていた。
彼を見た瀬戸さんは呆れてため息を零す。
「また、アンタ?しつこいわよ。いい加減にしないと」
「待って」
男子生徒に近付こうとした彼女の前に腕を伸ばして止める。
あれは、ヤバイな。
「ちょっと、いきなり何するのよ!」
「いいから下がって、あれはマズイ」
瀬戸さんからしたら普通の男子生徒にみえるんだろう。
けれど、“視える”僕は彼が全く別のものに映っていた。
「彼は怪異に憑かれている」
「何を言ってんのよ!?そんなこと言われても何も変わって」
「瀬戸さん、危険だからここから離れて、危ない!」
前から迫る気配に僕は瀬戸さんを突き飛ばす。
少し遅れて眼前に迫る拳。
衝撃と音で視界がグワングワンと揺れる。
けれど、痛みはない。
制服に仕込まれている新城の護符が機能してくれたらしい。
怪異の力は人間の何倍もある。
何もせずに受けたらあっという間にミンチになるケースがある。そうならない為に祓い屋や協力者は怪異の攻撃から身を守る護符を貼っている。
骨や肉にダメージはないけれど、衝撃は多少、体に響く。
「嘘、ねぇ、大丈夫!?」
男子生徒に殴られて数メートルほど転がった僕に顔を青ざめた瀬戸さんが駆け寄ろうとする。
「大丈夫だから、今はそこから動かず、声を出さないで」
咄嗟に瀬戸さんへ新城が渡してくれた札を貼り付ける。
新城が作ってくれたお札の一つで弱い怪異から存在を隠してくれるもの。
問題があるとすれば存在を隠してくれるけれど、声や音までは消してくれないのでそれを怪異が察知すれば効力をなくしてしまう。
「瀬戸さん、瀬戸さん、ドこにカクした?」
血走った目で周りを見渡すアイツ。
元々、巨体だった姿はさらに大きくなり、体のほとんどが真っ黒に染まって、血の様に真っ赤な目がぎょろぎょろと動いている。
他のところへ行かせないように釘付けにしないといけない。
新城か工藤先生が異変に気付けば助けに来てくれる。
「僕はそれまで時間を稼げばいいからね」
呼吸は整えた。
後は相手の動きを見極めて回避に専念すればいい。
怪異の相手をする場合、新城のような祓う力を持っている人でないと太刀打ちできない。
僕の場合、怪異を視ることはできるけれど、そういう術をもたない。
だから、一人で怪異に遭遇した時は回避か守りに徹して祓える人が来るのを待つ。
「ドコダァアアアアアアアアアア!」
人とは思えないおぞましい声と共に拳を振り上げる怪異。
迫る拳を僕は片手でいなして距離をとる。
普通の人なら捉えられない拳だろうけれど、ギリギリ僕は見切れた。
近付いてくる怪異の重心を脚で狙う。
「グガァアアアアアアアアア!?」
壁にぶつかってごろごろ回りながら天井に張り付いた。
熊みたいなガタイの人が天井から逆さまに見下ろしているって中々にホラー過ぎる。
後ろにいる瀬戸さんをみる。
音や声を発しないように動かないでいてくれているけど、顔は真っ青で震えていた。
怪異に遭遇して冷静でいられる人は少ない。
必死に堪えてくれる事に感謝しながら目の前の怪異と対峙していると。
「ドコダァアアアアアアアアアアアアア!」
叫びと共に口から舌が飛び出す。
弾丸の様に飛来する舌。
まずい、速すぎて捉えられない!
「ぐっ、はぁ!」
左腕で怪異が狙う箇所をギリギリで受け止めるも衝撃を殺しきれず後ろに倒れてしまう。
今の衝撃で制服が破れて中の護符が千切れてしまった。
皮膚が裂けて、血が床に零れる。
「ぁっ」
後ろから小さな声が聞こえた。
マズイ、気付かれる!
怪異は今の声を聞き逃さなかったようで血走った目でギョロギョロと周囲を見ている。
そして、ある一点を注視していた。
「ミーツケタァ」
札の効力が切れた!
怪異は瀬戸さんを狙おうとしている。
「瀬戸サァアアアアアアアアアアアアアアアン!」
飛び掛かる怪異へ手を伸ばすも届かない。
怪異の手が瀬戸さんに届いて――
「ギィャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
廊下内に響き渡る絹を劈くような声。
それは瀬戸さんの悲鳴じゃない。
「よくぞ、ここまで持ちこたえた」
廊下でのたうち回る怪異。
瀬戸さんの前に一振りの木刀を構えた男性がいる。
紺色の胴衣と袴姿で肩まで伸びた髪を後ろでまとめていた。
「柳生さん!」
「雲川殿」
頼もしい人が来てくれた、最高だ。
「後は拙者が引き受ける!」
「お願いします!」
怪異を柳生さんに任せて瀬戸さん方に向かう。
「瀬戸さん、大丈夫?」
「だ、誰なの?あのおじさん」
怪異の人外的な動きを木刀でいなして確実にダメージを与えていく柳生さんの姿をみて、瀬戸さんが戸惑いながら尋ねてくる。
「あの人は柳生十兵衛さん……生身で怪異と戦うことが出来る凄い人だよ」
「確かに、あの野獣を凌駕しているけれど……」
僕らの目の前で柳生さんによって怪異は虫の息だ。
「これで動けまい」
木刀を一振りしてから腰に収める。
「悪いな、遅くなった」
反対側の通路から新城がゆっくりやってくる。
「新城殿、後は任せる」
「了解」
怪異の前に立つ新城はお札を取り出すとぺたりと額に貼り付ける。
「ギギギ、ギ、ギィ」
祓う為の札を貼られた怪異は消えて、憑依されていた人は痙攣すると動かなくなった。
「死んだの?」
動く様子のない男子生徒をみて、おそるおそる瀬戸さんが尋ねる。
「気絶しただけだよ」
「怪異に体を支配されていたから、体力が尽きて気絶しているんだ。さて、コイツはここで放置するとして」
新城と柳生さんが同時にある方向を見る。
学校の外。
グラウンドの隅っこ。
釣られて僕も視線を向ける。
――ヤツはいた。
「何、あれ?」
全身をすっぽりと血のように赤いマントで身を包み、フードの中は白い仮面。
仮面の奥からこちらをみている真っ赤な瞳。
何もかも赤い存在。
佇んでいるだけなのに強烈な威圧感を放っている。
色々な怪異を視てきたけれど、あんなのは初めてだ。
かなりの距離があるというのに新城や柳生さんは警戒を緩めない。
「あれ、消えた?」
瞬きをしている間に赤い奴は姿を消してしまう。
「あれも、怪異なの?」
「そうだな。怪異だ。とびっきりヤバイ怪異」
奴が去った方向を新城は鋭い目で見ていた。