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カーサリーを護送してきた隊列は宮殿裏手の通用門から入城し、通秋殿わきの憲誠殿前まで来ていた。憲誠殿は宮城の表裏、つまり政務側と後宮側を結ぶ連絡所であり、ここでカーサリーの身柄は皇帝直属の衛士隊に引き渡された。
衛士長である梁雲嵐は六尺を超える偉丈夫で、御前試合を勝ち抜き、皇帝に三尖両刃刀を授けられた武術の達人である。雲嵐は頬のこけた西域の姫を細い目で見下ろすと、籠に顔を近づけて声をかけた。
「腹は減っていないか?」
それは西域の言葉であった。雲嵐に食事を与える権限などない。ただ単に哀れな女囚をからかってみたつもりだった。だが、その一言に、長旅で渇き、表情を失っていた姫の頬がゆるんだように見えた。
「お心遣いありがとうございます。降る雨は同じでも異郷にありて心潤すものなし。何も望むものはございません」
思いがけず流暢に返ってきた帝都の言葉に雲嵐は一歩退いた。
と、そこへ遠くから声をかける者がいた。
「衛士長殿」
振り向くと、それは趙夫人であった。表裏の接点である憲誠殿では、このように女官と衛士が交渉することは珍しくない。ただ、それはあくまでも実務のためであり、女官長直々に顔を見せることはまれであった。
「何事でございましょうか」
返答に緊張を含めながら雲嵐は三尖両刃刀を背後に回し、外縁廊下に立つ趙夫人を見上げてひざまずいた。
「あの者はどうしたのですか?」
「西域よりの戦利品だそうです。反逆罪により弘化門広場にて民衆の前で断首されることになっております」
ふんと鼻を鳴らして趙夫人が笑みを浮かべた。
「なるほど、見せしめですか」
「はい」
夫人は竹籠の中の姫を見つめたまましばらく思案の様子だった。
「では、拙者はこれにて」
雲嵐が職務に戻ろうと立ち上がると、夫人が呼び止めた。
「お待ちなさい」と、顎で竹籠を指す。「あの者を風呂へ入れなさい」
衛士長は三尖両刃刀を持った腕をだらりと垂らして殿上の夫人を見上げた。
「何ゆえでございますか。反逆の罪人ですぞ。断首される者に慈悲など無駄でございましょう」
「それは浅はかというものです」と、夫人は扇子をわずかに広げて口元を隠した。「あのようなみすぼらしいいかにも罪人といった風体の者を斬首したところで、民は誰も見向きもしないでしょう。衛士長殿は道ばたに落ちたぼろ切れをいちいち拾いますか」
「いいえ……」
「でしょう。身なりのきちんとした者が罪に問われ罰を受けるからこそ、民衆は注目するのです。見せしめは残酷であるほど効果的です」
「はあ、なるほど」
「身なりを整え、化粧もさせるように手配いたしましょう」
趙夫人は侍女を数名呼び寄せると、付き添いを命じた。後宮内へは男性衛士は入れない。皇帝が女御の寝所へ通う際にも特別に雲嵐ただ一人が付き添うのみである。カーサリーの身柄は竹籠から出され、侍女たちに引き渡された。裸足の女囚は縛られたまま土の上を歩かされ、建物の裏手へと連れていかれた。
「では、後ほど引き取りに参りますので、ご連絡を」
背中を向けた趙夫人に声をかけると、雲嵐も憲誠殿を後にした。
――まったく。
何を考えているのか分からん奴らだ。魔窟に巣くう魑魅魍魎とは、できれば関わりたくないものだ。
梁雲嵐は三尖両刃刀を持つ右手に力を込めると、調子を確かめるように筋肉を一つ一つ震わせて気を引き締めた。その様子を見て、役目のなくなった部下たちがだらしなく笑っている。
「おまえら、全員道場に来い」
もう手遅れである。夜更けに寝所へと下る皇帝の警護に梁衛士長が呼び出されるまで、稽古が終わることはないだろう。