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 その日から、快眠でご機嫌の皇帝は政務を滞りなくこなしつつ、毎晩メイユエの寝所へ通うようになった。『癒やしのメイユエ』という評判は後宮中に広まり、景旬殿への訪問者は絶えなかった。
 一方で、すっかり忘れられた存在となった麗花だったが、体調を崩して伏せる毎日が続いていた。もてはやされていた頃と比べものにならないとはいえ、命をつなぐ程度の食事くらいは与えられていたものの、それすらも吐き気がして喉を通らず、ふっくらとしていくメイユエとは対照的に痩せ細っていくのだった。しかも、月の物も来ていなかった。
 ある日、麗花に食事を運びに行った侍女がメイユエの部屋へと駆け込んできた。
「大変でございます。麗花様が部屋で倒れています」
 何事かと駆けつけてみると、頬が青くこけて口から吐いた物がこびりついたままうつ伏せに倒れていた。
「養和堂からお医者様をお呼びしてきて」
 メイユエの指示に侍女が飛び出していく。
「しっかり。気を確かに」
 医者が来るまでの間、メイユエは体を横に向けてやり、息を確かめながら声をかけ続けた。
 若い医者が到着したので、メイユエは侍女たちとともに廊下へ出た。外縁廊下をのたりのたりと瑞紹老師もやってくる。
「そなたか?」と、メイユエの顔をまじまじと見る老師の背中を押して麗花の部屋へと押し込んだ。
「どうじゃ?」と、若い医者にたずねて診察を交代すると、老師がすぐにまた立ち上がった。
「あの、先生」
 メイユエが部屋をのぞき込むと、老師はにこやかに告げた。
「つわりじゃな。身ごもっておる。ご懐妊じゃ」
 そこへ、侍女からの報告を受けた趙夫人もやってきた。冷たい目で麗花を見下ろしながら瑞紹と一言二言言葉を交わす。
 その様子をうつろな目で見上げながら、麗花が口をゆがめて笑みを浮かべていた。
 ――賭けはまだ終わっていないのよ。
 陛下の御子を身ごもった私を後宮から追い出すわけにはいかないでしょう。
 それに、メイユエなんて名前をもらったあなた。あなたより先に子を産めば、どちらが皇太子になるかは分かりきったことよね。
 花は散れども、また返り咲く。今度はあんたたちが散る番よ。天下を取るのは私……。
 そして、そのまま意識を失った麗花を医者や侍女たちが養和堂へと運び出す騒ぎの中で、趙夫人は女官も引き連れずに通秋殿へと戻っていくのだった。