「それじゃあ、行ってきます」
玄関で靴を履いた私は、上がり框に並んで見送ってくれるおじいちゃんとおばあちゃんに声をかけた。
「まあちゃん、気をつけてね。今日は暑いから、こまめに水分摂って、なるべく日陰を歩くんよ」
「うん、気をつける。ありがとう」
そのとき、鞄を持った漣が二階からやって来て、「真波」と声をかけてきた。
「なに?」
「俺も行くわ」
「えっ、え? 私、お母さんの病院に行くんだけど……」
「知ってるよ。俺もついてく」
「え……なんで」
「別に、気が向いたから。久しぶりに地元の空気でも吸おうかなと」
「ふうん……」
そっけなく答えたものの、正直なところ、それは心強いな、と思ってしまった。
なんせ、お父さんと、今後のことについて話をするために行くのだ。自分で決めたこととはいえ、どんな話し合いになるだろうと考えると、やっぱり足は重かった。漣が来てくれるなら、少しは気が紛れそうだ。
「あら、漣くんも一緒に行ってくれるん」
おばあちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「実はね、隆司さんとまさくんに手土産を持っていってもらおうかと思っとったんやけど、荷物が重くなってまうかなと思ってやめたんよ。よかったら、漣くん持ってあげてくれんね」
「うん、いいよ、持ってく」
「よかった! じゃあ、ちょっと取ってくるから待っとってね」
台所に入ったおばあちゃんが、しばらくして大きな紙袋を持って戻って来た。
「お菓子とお酒と、あとタッパーにおかずが入っとるから、倒さんようにね」
漣が「うん、分かった」とうなずいて受け取る。
「それと、これも」
おばあちゃんが今度は私に保冷バッグを手渡した。
「中にカルピスが入っとるからね」
「わ、ありがとう」
ずしりと重いバッグを受け取る。
「それと、アイスも入っとるから。景気づけに食べながら行きんさい」
「景気づけって……」
笑いながら中を覗くと、ペットボトルが二本、そして大きな保冷剤とたまごアイスがふたつ入っていた。
「うわ、たまごアイスだ、懐かしい! ガキのころ好きだったな。ばあちゃん、ありがと!」
漣の言葉を聞いて、唐突に思い出した。そうだ、私も子どものころ、このアイスが大好きだった。
昔鳥浦に遊びに来たとき、おばあちゃんが出してくれた見慣れないアイスに気が進まなかった私は、「たまごアイスはないの? たまごアイス食べたい」とわがままを言ったのだ。おばあちゃんは申し訳なさそうな顔で、「ごめんね」と謝っていた。
十年以上前のそんな些細なことを、おばあちゃんはずっと覚えてくれていて、私がこの家に住むことになったときに、きっとカルピスと一緒に買っておいてくれたのだ。たぶん、子どものころに好きなアイスを食べさせてあげられなかったから、今度こそはと思って。
そして、私が学校のことで落ち込んでいたあの日、励まそうとしてたまごアイスをすすめてくれたのだろう。
ああ、私は本当に馬鹿だな。人の優しさは目に見えないから、ちゃんと自分で気づかないといけないのだ。
黙ってたまごアイスを見つめる私に、おばあちゃんがぽつりと言った。
「まあちゃんが小さいころに、ちゃんと食べさせてあげられたらよかったんやけどねえ」
後悔しているような口調だった。私は慌てて「そんなことないよ」と首を振る。
「あれはただの私のわがままだったんだから、気にしないで」
なんとかおばあちゃんを慰めたくて言ったけれど、その顔はやっぱり曇ったままだ。それからおばあちゃんは眉を下げて目を細め、「実はね」と呟いた。
「ずっとねえ、謝らんといかんと思っとったことがあるんよ」
「え……、なに?」
「……あのねえ、今までまあちゃんとまさくんに、なかなか会いにいかれんくて、悪かったねえ」
申し訳なさそうに力なく微笑むおばあちゃんの隣で、おじいちゃんも「すまんかったなあ」と言った。
鳥浦とN市は、県内とはいえ離れているし、おじいちゃんたちにとっては移動も大変な場所だ。だから、会いに来てくれなかったことにまったく疑問も不満もなかった。それなのに、なぜ謝るのだろう。
「実はなあ、じいちゃんらは、隆司さんのご両親と、あんまり上手くいっとらんくてなあ。洋子と隆司さんが結婚するっちゅうときにな、うちみたいな田舎のひとり娘は実家を大事にしすぎるから嫁にとるわけにはいかん、嫁に来るなら実家を捨てる覚悟をしてもらわんとっちゅうて、ずいぶん反対されたんだと。それを聞いて、じいちゃんらはご両親の家に説得しに行ったんよ。そんでも聞く耳持ってくれんくてなあ。じいちゃん、かちんと来てまって、『こんな家に大事な娘はやれん、こっちからお断りだ』っちゅうて怒鳴りつけてまってな」
温厚なおじいちゃんがそんなことを言ったなんて信じられなくてぽかんとする私に、おばあちゃんがおかしそうに笑った。
「あのころはじいちゃんも若かったんよ」
おじいちゃんも同じような顔で「そうなあ」とうなずく。
「今ならもっと上手いこと収められるかもしれんけど、あのときは怒りが堪えきれんかった」
穏やかに笑うおじいちゃんを見ると、やっぱりどうしても怒鳴る姿なんて想像できない。でも、お母さんのためにおじいちゃんが怒ったというのが、なんとなく嬉しかった。
「それでな、じいちゃんらは洋子に、『あんなこと言う家に嫁に行くことない』って止めたんよ。そんでも洋子は、隆司さんと結婚するって聞かんでな。ほとんど駆け落ちみたいにして嫁に行ったんよ」
あの堅物のお父さんとお母さんが、両方の親に反対されて、それでも結婚したくて駆け落ちするほどの情熱で一緒になったなんて、驚きだった。
「それからしばらくは、お互いに意地張ってまってな、なかなか顔も見んかったなあ」
「でもね、まあちゃんが生まれたって聞いて、そのときばっかりは我慢できなくてねえ、会いにいったんよねえ」
「えっ、そうなの? 私が赤ちゃんのときに会ってるってこと?」
「そうよお。小っちゃくって可愛かったよ。それからはね、少しずつ洋子と電話で話したりもするようになって、まさくんが生まれて落ち着いてきたころ、まあちゃんも連れてうちに遊びに来てくれたんよ。覚えとる?」
「うん、幼稚園のときだよね」
「そうそう」
おばあちゃんが嬉しそうにうなずく。それからおじいちゃんが言葉をついだ。
「まあちゃんもまさくんも可愛いくて、洋子とも和解できたし毎日でも会いたいって思っとった。でもやっぱりなあ、じいちゃんらはどうも、結婚のときのことがあったから、あちらのご両親に会わせる顔がなくてな、あのころはまだ働いとったから仕事を言い訳にして、会いにいってやれんかった。洋子も忙しいからそんなしょっちゅう鳥浦に戻れんしな、なかなか会う機会がなくて……、まあちゃんらからしたら、おるかおらんか分からん祖父母やったろう」
それは否定できなかった。実際、ここに引っ越してきたときは、私の気持ちとしてはほとんど初対面だったのだ。
ふふ、と寂しそうに笑ったおばあちゃんが、「あんなことに」と、ぽつりと呟いた。
「……洋子があんなことになるって分かっとったら、もっとたくさんたくさん会いにいったのにねえ……そのうちそのうちって先延ばしにしとるうちにねえ……。今さらこんなこと言ったって遅いんよね……」
事故のことを言っているのだ。まさか母子で事故に遭い、お母さんは意識不明のまま眠り続けることになるなんて、私だって思ってもみなかった。
「まあちゃんと洋子が運ばれた病院に慌てて駆けつけたけど、あちらのご両親は事故のことで気が立っとったし、なかなか顔を合わせづらくてねえ、時間をずらして面会したんよ」
初耳だった。私は息を呑んで目を丸くする。
「そうだったの? 知らなかった……」
「まあちゃんはちょうど薬でぐっすり眠っとって、顔見るだけやったから……」
「ううん、そんなの気にしないで。会いに来てくれただけで嬉しいよ」
私の言葉に、ありがとねえ、とおばあちゃんは笑ってから、
「今でも月に一回はこっそり洋子に会いにいっとるんよ」
と打ち明けてくれた。
「えっ、そうなの?」
驚いたものの、思い返してみれば確かに、お母さんのお見舞いに行くと、病室に花が飾られていることが何度もあった。なにも考えずに、誰か来たのかな、くらいに思っていたけれど、十年も意識不明の人のお見舞いに来るなんて、家族くらいしかいないだろう。しかも、一度は病院の中でふたりの姿を見かけたこともあったのに、どうして花を飾ったのがおじいちゃんやおばあちゃんだと思わなかったのか、自分でも情けなかった。
「まあちゃんたちにも会いたかったんやけどねえ、あちらの家に行くのもどうかってためらっとるうちに時間ばっかり過ぎてね。そのうち、今さら会いにいったって喜ばれるわけもないし困らせるだけかもしれんとか、嫌な思いをさせるかもしれんとか、ばあちゃんたちも怖くなってまってね……」
おばあちゃんがおじいちゃんと視線を合わせながら、呟くように言った。
おじいちゃんたちも怖いと思ったりするんだ、と意外に思う。でも、ずっと会っていなかった孫にいきなり連絡を取ったり、会いにいったりするのは、とても勇気がいることだろうというのは想像できた。
「だからね、まあちゃんがこっちの高校を受けるって連絡が来たときは、本当に嬉しかったんよ。まあちゃんはばあちゃんらのことを嫌いとは思わずにいてくれとるんやって分かってね」
おばあちゃんの言葉に、私は慌てて「嫌いなんて思うわけないよ」と首を振った。でも、ここに引っ越してきたころの私は、嫌いとまでは思っていなかったものの、おじいちゃんたちに対して疑心暗鬼になっていた。そんなふうに斜に構えてしまっていたことを、今さらながらに申し訳なく思う。
なんとなく二の句がつげなくて黙っていると、おじいちゃんがふいに「まあちゃん」と力強い声で言った。
「じいちゃんらも、こんなふうにいつまでも向こうさんの顔色を窺ってこそこそしとったらいかんよな。まあちゃんが勇気を出してお父さんと話しにいくんやから、じいちゃんとばあちゃんも頑張らんとね」
決然としたおじいちゃんの言葉に、隣でおばあちゃんも深くうなずいた。
「今度こそ、隆司さんのご両親にちゃんと会いにいくよ。せっかく子どもたちの結婚で縁続きになったんだから、このままじゃ寂しいもんなあ。お互い歩み寄っていかんとな……」
玄関で靴を履いた私は、上がり框に並んで見送ってくれるおじいちゃんとおばあちゃんに声をかけた。
「まあちゃん、気をつけてね。今日は暑いから、こまめに水分摂って、なるべく日陰を歩くんよ」
「うん、気をつける。ありがとう」
そのとき、鞄を持った漣が二階からやって来て、「真波」と声をかけてきた。
「なに?」
「俺も行くわ」
「えっ、え? 私、お母さんの病院に行くんだけど……」
「知ってるよ。俺もついてく」
「え……なんで」
「別に、気が向いたから。久しぶりに地元の空気でも吸おうかなと」
「ふうん……」
そっけなく答えたものの、正直なところ、それは心強いな、と思ってしまった。
なんせ、お父さんと、今後のことについて話をするために行くのだ。自分で決めたこととはいえ、どんな話し合いになるだろうと考えると、やっぱり足は重かった。漣が来てくれるなら、少しは気が紛れそうだ。
「あら、漣くんも一緒に行ってくれるん」
おばあちゃんが嬉しそうに声を上げた。
「実はね、隆司さんとまさくんに手土産を持っていってもらおうかと思っとったんやけど、荷物が重くなってまうかなと思ってやめたんよ。よかったら、漣くん持ってあげてくれんね」
「うん、いいよ、持ってく」
「よかった! じゃあ、ちょっと取ってくるから待っとってね」
台所に入ったおばあちゃんが、しばらくして大きな紙袋を持って戻って来た。
「お菓子とお酒と、あとタッパーにおかずが入っとるから、倒さんようにね」
漣が「うん、分かった」とうなずいて受け取る。
「それと、これも」
おばあちゃんが今度は私に保冷バッグを手渡した。
「中にカルピスが入っとるからね」
「わ、ありがとう」
ずしりと重いバッグを受け取る。
「それと、アイスも入っとるから。景気づけに食べながら行きんさい」
「景気づけって……」
笑いながら中を覗くと、ペットボトルが二本、そして大きな保冷剤とたまごアイスがふたつ入っていた。
「うわ、たまごアイスだ、懐かしい! ガキのころ好きだったな。ばあちゃん、ありがと!」
漣の言葉を聞いて、唐突に思い出した。そうだ、私も子どものころ、このアイスが大好きだった。
昔鳥浦に遊びに来たとき、おばあちゃんが出してくれた見慣れないアイスに気が進まなかった私は、「たまごアイスはないの? たまごアイス食べたい」とわがままを言ったのだ。おばあちゃんは申し訳なさそうな顔で、「ごめんね」と謝っていた。
十年以上前のそんな些細なことを、おばあちゃんはずっと覚えてくれていて、私がこの家に住むことになったときに、きっとカルピスと一緒に買っておいてくれたのだ。たぶん、子どものころに好きなアイスを食べさせてあげられなかったから、今度こそはと思って。
そして、私が学校のことで落ち込んでいたあの日、励まそうとしてたまごアイスをすすめてくれたのだろう。
ああ、私は本当に馬鹿だな。人の優しさは目に見えないから、ちゃんと自分で気づかないといけないのだ。
黙ってたまごアイスを見つめる私に、おばあちゃんがぽつりと言った。
「まあちゃんが小さいころに、ちゃんと食べさせてあげられたらよかったんやけどねえ」
後悔しているような口調だった。私は慌てて「そんなことないよ」と首を振る。
「あれはただの私のわがままだったんだから、気にしないで」
なんとかおばあちゃんを慰めたくて言ったけれど、その顔はやっぱり曇ったままだ。それからおばあちゃんは眉を下げて目を細め、「実はね」と呟いた。
「ずっとねえ、謝らんといかんと思っとったことがあるんよ」
「え……、なに?」
「……あのねえ、今までまあちゃんとまさくんに、なかなか会いにいかれんくて、悪かったねえ」
申し訳なさそうに力なく微笑むおばあちゃんの隣で、おじいちゃんも「すまんかったなあ」と言った。
鳥浦とN市は、県内とはいえ離れているし、おじいちゃんたちにとっては移動も大変な場所だ。だから、会いに来てくれなかったことにまったく疑問も不満もなかった。それなのに、なぜ謝るのだろう。
「実はなあ、じいちゃんらは、隆司さんのご両親と、あんまり上手くいっとらんくてなあ。洋子と隆司さんが結婚するっちゅうときにな、うちみたいな田舎のひとり娘は実家を大事にしすぎるから嫁にとるわけにはいかん、嫁に来るなら実家を捨てる覚悟をしてもらわんとっちゅうて、ずいぶん反対されたんだと。それを聞いて、じいちゃんらはご両親の家に説得しに行ったんよ。そんでも聞く耳持ってくれんくてなあ。じいちゃん、かちんと来てまって、『こんな家に大事な娘はやれん、こっちからお断りだ』っちゅうて怒鳴りつけてまってな」
温厚なおじいちゃんがそんなことを言ったなんて信じられなくてぽかんとする私に、おばあちゃんがおかしそうに笑った。
「あのころはじいちゃんも若かったんよ」
おじいちゃんも同じような顔で「そうなあ」とうなずく。
「今ならもっと上手いこと収められるかもしれんけど、あのときは怒りが堪えきれんかった」
穏やかに笑うおじいちゃんを見ると、やっぱりどうしても怒鳴る姿なんて想像できない。でも、お母さんのためにおじいちゃんが怒ったというのが、なんとなく嬉しかった。
「それでな、じいちゃんらは洋子に、『あんなこと言う家に嫁に行くことない』って止めたんよ。そんでも洋子は、隆司さんと結婚するって聞かんでな。ほとんど駆け落ちみたいにして嫁に行ったんよ」
あの堅物のお父さんとお母さんが、両方の親に反対されて、それでも結婚したくて駆け落ちするほどの情熱で一緒になったなんて、驚きだった。
「それからしばらくは、お互いに意地張ってまってな、なかなか顔も見んかったなあ」
「でもね、まあちゃんが生まれたって聞いて、そのときばっかりは我慢できなくてねえ、会いにいったんよねえ」
「えっ、そうなの? 私が赤ちゃんのときに会ってるってこと?」
「そうよお。小っちゃくって可愛かったよ。それからはね、少しずつ洋子と電話で話したりもするようになって、まさくんが生まれて落ち着いてきたころ、まあちゃんも連れてうちに遊びに来てくれたんよ。覚えとる?」
「うん、幼稚園のときだよね」
「そうそう」
おばあちゃんが嬉しそうにうなずく。それからおじいちゃんが言葉をついだ。
「まあちゃんもまさくんも可愛いくて、洋子とも和解できたし毎日でも会いたいって思っとった。でもやっぱりなあ、じいちゃんらはどうも、結婚のときのことがあったから、あちらのご両親に会わせる顔がなくてな、あのころはまだ働いとったから仕事を言い訳にして、会いにいってやれんかった。洋子も忙しいからそんなしょっちゅう鳥浦に戻れんしな、なかなか会う機会がなくて……、まあちゃんらからしたら、おるかおらんか分からん祖父母やったろう」
それは否定できなかった。実際、ここに引っ越してきたときは、私の気持ちとしてはほとんど初対面だったのだ。
ふふ、と寂しそうに笑ったおばあちゃんが、「あんなことに」と、ぽつりと呟いた。
「……洋子があんなことになるって分かっとったら、もっとたくさんたくさん会いにいったのにねえ……そのうちそのうちって先延ばしにしとるうちにねえ……。今さらこんなこと言ったって遅いんよね……」
事故のことを言っているのだ。まさか母子で事故に遭い、お母さんは意識不明のまま眠り続けることになるなんて、私だって思ってもみなかった。
「まあちゃんと洋子が運ばれた病院に慌てて駆けつけたけど、あちらのご両親は事故のことで気が立っとったし、なかなか顔を合わせづらくてねえ、時間をずらして面会したんよ」
初耳だった。私は息を呑んで目を丸くする。
「そうだったの? 知らなかった……」
「まあちゃんはちょうど薬でぐっすり眠っとって、顔見るだけやったから……」
「ううん、そんなの気にしないで。会いに来てくれただけで嬉しいよ」
私の言葉に、ありがとねえ、とおばあちゃんは笑ってから、
「今でも月に一回はこっそり洋子に会いにいっとるんよ」
と打ち明けてくれた。
「えっ、そうなの?」
驚いたものの、思い返してみれば確かに、お母さんのお見舞いに行くと、病室に花が飾られていることが何度もあった。なにも考えずに、誰か来たのかな、くらいに思っていたけれど、十年も意識不明の人のお見舞いに来るなんて、家族くらいしかいないだろう。しかも、一度は病院の中でふたりの姿を見かけたこともあったのに、どうして花を飾ったのがおじいちゃんやおばあちゃんだと思わなかったのか、自分でも情けなかった。
「まあちゃんたちにも会いたかったんやけどねえ、あちらの家に行くのもどうかってためらっとるうちに時間ばっかり過ぎてね。そのうち、今さら会いにいったって喜ばれるわけもないし困らせるだけかもしれんとか、嫌な思いをさせるかもしれんとか、ばあちゃんたちも怖くなってまってね……」
おばあちゃんがおじいちゃんと視線を合わせながら、呟くように言った。
おじいちゃんたちも怖いと思ったりするんだ、と意外に思う。でも、ずっと会っていなかった孫にいきなり連絡を取ったり、会いにいったりするのは、とても勇気がいることだろうというのは想像できた。
「だからね、まあちゃんがこっちの高校を受けるって連絡が来たときは、本当に嬉しかったんよ。まあちゃんはばあちゃんらのことを嫌いとは思わずにいてくれとるんやって分かってね」
おばあちゃんの言葉に、私は慌てて「嫌いなんて思うわけないよ」と首を振った。でも、ここに引っ越してきたころの私は、嫌いとまでは思っていなかったものの、おじいちゃんたちに対して疑心暗鬼になっていた。そんなふうに斜に構えてしまっていたことを、今さらながらに申し訳なく思う。
なんとなく二の句がつげなくて黙っていると、おじいちゃんがふいに「まあちゃん」と力強い声で言った。
「じいちゃんらも、こんなふうにいつまでも向こうさんの顔色を窺ってこそこそしとったらいかんよな。まあちゃんが勇気を出してお父さんと話しにいくんやから、じいちゃんとばあちゃんも頑張らんとね」
決然としたおじいちゃんの言葉に、隣でおばあちゃんも深くうなずいた。
「今度こそ、隆司さんのご両親にちゃんと会いにいくよ。せっかく子どもたちの結婚で縁続きになったんだから、このままじゃ寂しいもんなあ。お互い歩み寄っていかんとな……」