梢子と阿久津が部屋の中に入ると、そこには首を締め上げられている青星がいた。
一浪は二人に気づくと素早くポケットからナイフを取り出し、こちらに向けていた背を後ろにすると、青星の体を腕で固定するような態勢をとり、刃を青星の首筋に向けた。
「一浪……! 今すぐその手を離せっ……!!」
「そこから動くな。動いたらこいつの首を切り裂く……!」
青星の首に食い込む、ギリギリのところまでナイフを近づける一浪。
しかしこちらも、そんな事になるのは予想済みだ。
「お前がそのナイフで青星の首を切り裂くのと、俺がお前の心臓を打ち抜くの、どっちが速いと思う?」
阿久津は一浪に冷静に問いかけた。ぶれることなく拳銃を構え、鋭い眼光で一浪を見て。
「どうしてここが。絶対に分からないはずだ」
一浪は困惑しているようだった。
「うちのクラブにも警察の官僚がいるもんでな。店に来ていた事ばらすぞと脅したら、ここを教えてくれたってわけだ」
「まさか……」
「そう、そのまさかだ。お前が頼りにしてたあの官僚は、うちのお得意さんだ」
「そんな事、一言も……」
血の気が引いていく一浪の顔を見て、阿久津は失笑した。
「何がおかしい」
「タダで青星をものに出来ると思って、神崎のやろうは興奮しちまったみたいだな。警察のくせに詰めが甘いんだよ。あんたも簡単にあいつを信用しちゃいけねぇな。あいつらは、自分の保身を守るのが一番なんだ」
一浪の顔は、沸騰したやかんのように赤くなっていた。
「まあ俺は、そんな事はあんたが一番よく分かっていると思っていたがな?」
「っ……阿久津……」
一浪は悔しそうに唇を噛みしめていた。
阿久津が梢子側についたという事が、今回の一浪にとっての誤算となったわけだ。
「ゲス野郎目……お前は青星をドゲス野郎に売る事を条件に、協力を仰いだ。目撃証言がなかったのも車を手配させここまで移動したからだ。おまけにこんな場所まで用意させて……」
地下にあるそこは、窓も何もない、まさに監禁部屋と呼ぶのにふさわしかった。
無表情な顔を一ミリも変えることなく、一浪へ迫る梢子。その姿は、怒り狂った鬼のようだった。
「く、くるなぁぁぁぁあ……!!」
一浪は、恐怖からナイフを振り上げた。
だがその瞬間、阿久津がナイフを持っている方の一浪の手を撃ち抜いた。
――バンッ……!
「ぐあぁぁぁぁあ……!!」
悲痛なうめき声をあげなら、その場に崩れ落ちていった一浪。梢子は顔から倒れ落ちる青星の元へ駆けた。その駆けた勢いのまま、正座の姿勢をとり、コンクリートの上に滑り込んだ。
「っ……!」
間一髪のところで、梢子は青星を受け止めた。履いていたスカートは、ぼろぼろに破れ、コンクリートの床と皮膚が擦れ、膝からは血が出ていた。
「青星……!!」
すぐに青星に呼び掛けたが、青星の返事はない。
「青星しっかりしろ……!!」
うつぶせになっている青星の背中に梢子は耳を近づけ、鼓動に耳を澄ませた。
――……ドクンッドクンドクンッ。
確かに青星は生きている。だが梢子は安心出来なかった。
三日間。日にちにしてみれば短いその時間も、私にとっては一生に思えた。こいつの無事を確かめきれないこの三日、私は魂を削られたかのような思いだった。
ずっと夜だった私の世界。そこにお前と言う名の朝が来た。そして気づいた。私は、お前なしでは生きられないと。だってお前は私の、私の、
夜明けなのだから――。
「青星、目を開けてくれ……お前のいない人生なんて、考えられないんだ……」
青星の首筋に、梢子の涙が流れ落ちた。温かくて、優しい。でもどこか寂しいその涙は、ずっと人知れず流れていた。でも光と出逢い、それは日向の道を行くものとなった。この涙は青星の心に届くのか。いや、もうとっくに届いている。
「……しょう……こ……っ……」
「青星……!?」
青星はうっすらと目を開けると、体を仰向けにしようと、体を横に捻った。
もうろうした意識の中、青星は梢子の頬に手を伸ばした。梢子はその手に、自分の頬を摺り寄せた。
「なく、な……」
「青星……青星……」
「もう……どこにも……いかない、から……おまえを……ひとりになんて、しないから……だから、なくな……」
ああ、良かった。私の全てがここにある……。
「……泣いてなんて、いないさ。これは、汗だよ。お前を探すのに必死で、走ったから汗が出てきたんだ。知ってるだろ? 両腕がないやつが走ると、還暦を迎えたかのように疲れるんだって」
頬を緩ませ、冗談を言う梢子。その姿は、本来ある姿だった。
「安心して眠れ……次に目が覚める時、お前は温かなベッドの上、私のぬくもりを感じるんだ」
それを聞くと、青星は嬉しそうに頷いた。そしてそれを最後に、青星は目を閉じた。今度は、安心したように、とても穏やかな表情で。
「――おやすみ。私のシリウス……」
梢子は青星の額に唇を落とした。
一浪は二人に気づくと素早くポケットからナイフを取り出し、こちらに向けていた背を後ろにすると、青星の体を腕で固定するような態勢をとり、刃を青星の首筋に向けた。
「一浪……! 今すぐその手を離せっ……!!」
「そこから動くな。動いたらこいつの首を切り裂く……!」
青星の首に食い込む、ギリギリのところまでナイフを近づける一浪。
しかしこちらも、そんな事になるのは予想済みだ。
「お前がそのナイフで青星の首を切り裂くのと、俺がお前の心臓を打ち抜くの、どっちが速いと思う?」
阿久津は一浪に冷静に問いかけた。ぶれることなく拳銃を構え、鋭い眼光で一浪を見て。
「どうしてここが。絶対に分からないはずだ」
一浪は困惑しているようだった。
「うちのクラブにも警察の官僚がいるもんでな。店に来ていた事ばらすぞと脅したら、ここを教えてくれたってわけだ」
「まさか……」
「そう、そのまさかだ。お前が頼りにしてたあの官僚は、うちのお得意さんだ」
「そんな事、一言も……」
血の気が引いていく一浪の顔を見て、阿久津は失笑した。
「何がおかしい」
「タダで青星をものに出来ると思って、神崎のやろうは興奮しちまったみたいだな。警察のくせに詰めが甘いんだよ。あんたも簡単にあいつを信用しちゃいけねぇな。あいつらは、自分の保身を守るのが一番なんだ」
一浪の顔は、沸騰したやかんのように赤くなっていた。
「まあ俺は、そんな事はあんたが一番よく分かっていると思っていたがな?」
「っ……阿久津……」
一浪は悔しそうに唇を噛みしめていた。
阿久津が梢子側についたという事が、今回の一浪にとっての誤算となったわけだ。
「ゲス野郎目……お前は青星をドゲス野郎に売る事を条件に、協力を仰いだ。目撃証言がなかったのも車を手配させここまで移動したからだ。おまけにこんな場所まで用意させて……」
地下にあるそこは、窓も何もない、まさに監禁部屋と呼ぶのにふさわしかった。
無表情な顔を一ミリも変えることなく、一浪へ迫る梢子。その姿は、怒り狂った鬼のようだった。
「く、くるなぁぁぁぁあ……!!」
一浪は、恐怖からナイフを振り上げた。
だがその瞬間、阿久津がナイフを持っている方の一浪の手を撃ち抜いた。
――バンッ……!
「ぐあぁぁぁぁあ……!!」
悲痛なうめき声をあげなら、その場に崩れ落ちていった一浪。梢子は顔から倒れ落ちる青星の元へ駆けた。その駆けた勢いのまま、正座の姿勢をとり、コンクリートの上に滑り込んだ。
「っ……!」
間一髪のところで、梢子は青星を受け止めた。履いていたスカートは、ぼろぼろに破れ、コンクリートの床と皮膚が擦れ、膝からは血が出ていた。
「青星……!!」
すぐに青星に呼び掛けたが、青星の返事はない。
「青星しっかりしろ……!!」
うつぶせになっている青星の背中に梢子は耳を近づけ、鼓動に耳を澄ませた。
――……ドクンッドクンドクンッ。
確かに青星は生きている。だが梢子は安心出来なかった。
三日間。日にちにしてみれば短いその時間も、私にとっては一生に思えた。こいつの無事を確かめきれないこの三日、私は魂を削られたかのような思いだった。
ずっと夜だった私の世界。そこにお前と言う名の朝が来た。そして気づいた。私は、お前なしでは生きられないと。だってお前は私の、私の、
夜明けなのだから――。
「青星、目を開けてくれ……お前のいない人生なんて、考えられないんだ……」
青星の首筋に、梢子の涙が流れ落ちた。温かくて、優しい。でもどこか寂しいその涙は、ずっと人知れず流れていた。でも光と出逢い、それは日向の道を行くものとなった。この涙は青星の心に届くのか。いや、もうとっくに届いている。
「……しょう……こ……っ……」
「青星……!?」
青星はうっすらと目を開けると、体を仰向けにしようと、体を横に捻った。
もうろうした意識の中、青星は梢子の頬に手を伸ばした。梢子はその手に、自分の頬を摺り寄せた。
「なく、な……」
「青星……青星……」
「もう……どこにも……いかない、から……おまえを……ひとりになんて、しないから……だから、なくな……」
ああ、良かった。私の全てがここにある……。
「……泣いてなんて、いないさ。これは、汗だよ。お前を探すのに必死で、走ったから汗が出てきたんだ。知ってるだろ? 両腕がないやつが走ると、還暦を迎えたかのように疲れるんだって」
頬を緩ませ、冗談を言う梢子。その姿は、本来ある姿だった。
「安心して眠れ……次に目が覚める時、お前は温かなベッドの上、私のぬくもりを感じるんだ」
それを聞くと、青星は嬉しそうに頷いた。そしてそれを最後に、青星は目を閉じた。今度は、安心したように、とても穏やかな表情で。
「――おやすみ。私のシリウス……」
梢子は青星の額に唇を落とした。