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「なんだよ、さっきのプレーは」
遠征のための貸切バスに乗り込んだ途端、後ろの席から声が飛んできた。驚いて視線を遣ると、そこにいたのは、不満げに眉を寄せる星野だった。
……最悪だ。
誰も乗ってないからてっきり一番だと思ったのに、まさか星野がいたなんて。
こんなことなら他のメンバーと一緒に来ればよかった。今から戻ろうか、と思ったけれど、「おい、成瀬」と呼び止められ、それもできずに仕方なく来た時と同じ席に座った。
それにしても、男女合同の貸切バスなんて。
うちの学校は田舎で部員数も少なく、そうなってしまうのは仕方がないのかもしれないけれど、どうにかしてほしいものだと思ってしまう。可奈は「星野くんと一緒のバスなんて最高!」と喜んでいたけれど、今のわたしの状況になったら絶対に考えをあらためてくれるだろう。
居心地が悪すぎて吐きそうだ。
「……なんであんなやる気がないプレーするんだよ」
やっぱり、見ていたんだ。気付かれていたんだ。
当たってほしくない予感が当たり、どんよりと気分が落ち込む。
答えたくなくて口を結んだまま俯き、しばらく黙っていると、後ろから苛立たしげな舌打ちが聞こえた。
「お前、相手に失礼だと思わないのか。選手として恥ずかしくないのかよ」
無視を決め込むわたしに、星野は容赦なく言葉をぶつけてきた。
腹立たしく思ったけれど、下手に言い返すよりは黙っている方がずっといい。そうした方が、人を傷付けることがないから。
いくら悪いことを思っても、負の感情を抱いても、それを表に出さなければ【性格がいい】と評してもらえる。
たまに、「あの人は本当に性格がいい」だとか、「〇〇ちゃんはああ見えて性格がものすごく悪い」だとかいう話を耳にすることがあるけれど、性格が良い悪いの判断基準は【表に出すか出さないか】だとわたしは思っている。
だから、今回も声を出さないつもりだった。何を言われても動じることなく、無視しようと心に決めていたのに。
「仲間に見せつけてんのか? "わたしはやる気がなくてもつかってもらえます"ってアピールしてんのか」
「……は?」
その言葉を聞いた瞬間、黙ってはいられなかった。低い声が口から洩れる。
「だってそういうことだろ。お前の代わりに出たい奴が山ほどいるなか、つかってもらってるくせに本気でやらないってことはそういうことだろ」
「……違うし」
「どう違うんだよ」
星野の言葉は、鋭い刃物のようにわたしの心を容赦なく抉った。厳しいほどの正論に、何も言い返すことができなかった。
ああ、嫌だ。やっぱり苦手だ。
わたしは彼が、苦手だ。
「星野には、関係ないでしょ」
「あ?」
「わたしがバスケを頑張っても頑張らなくても、星野には全然関係ないでしょ。ほっといて」
とんだ八つ当たりだ、と自分でも思ったけれど、苛々を隠せないまま言い放って、固く口を結ぶ。もうこれ以上言葉が出てしまわないように、自分を押しとどめた。
顔が見えなくても、星野がふ、と声を出して蔑むように笑ったことで、嘲笑を浮かべているのが想像できた。押し黙るわたしをまるで嘲るように笑う星野は、「くだらねえ」と吐き捨ててそれきり何も言わなかった。沈黙が流れて、気まずい空気のままお互いに何も言わず、ただ時間の流れを待つ。
おもむろに窓の外に視線を遣ると、夕暮れ時の鮮烈な光が、わたしの目にまっすぐに届いた。それさえ鬱陶しくて、遮断するように固く目を瞑る。けれど、防ぎきれない光はまぶたの裏でも分かるくらいに明るかった。目を閉じたまま、仕方なく通路側に顔を向ける。
『仲間に見せつけてんのか?』
先ほどの星野の言葉を頭の中で反芻する。何度も頭の中で流れてくる苦言に、思わず顔を歪めた。
……星野にわたしの何が分かるんだ。
口をつきそうになった言葉を呑み込んで、わたしはしばらく目を瞑ったままでいた。
そうしていると、「あれ、もしかして栞ちゃん寝てる?」と可奈の声が聞こえてきて、ぞろぞろとチームメイトたちがバスに乗り込んでくる音が聞こえた。
なんだか返事をするのも面倒で、そのまま寝ているふりをする。
そうしていると自然と睡魔が襲ってきて、今度こそわたしは本当に、ゆっくりと意識を手放した。