軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)は自身の部屋にいた。
彼女はこの1週間の間、木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)の事でただただ泣き続けた。彼女自身こんなに泣き続けたのは、恐らく生まれて始めての事であろう。

「お兄様は今頃どうされてるの?もう向こうにつかれたのかしら」

彼女もこれが許されない恋なのは分かっている。でも彼に惹かれていく想いをどうする事も出来なかった。

自分達はたまたま血が繋がっていただけなのだと。

「お兄さま、お会いしたいわ……」

軽大娘皇女が、そんな事を考えている時だった。誰かの足音がこちらに近付いて来ている。

(あら、一体誰かしら?)

彼女がそう考えていると、部屋の前で足音が止まり、外から声が聞こえた。

(かる)の姉上、俺です、大泊瀬(おおはつせ)です。今中に入っても良いですか」

(え、大泊瀬が?)

軽大娘皇女は、何故弟がここに来たのか、さっぱり理由が分からない。
こんな所に滅多に来ない彼が来たとなると、何か急な用件でも出来たのだろうか。

「大泊瀬一体どうしたの?とりあえず部屋の中に入ってちょうだい」

姉の軽大娘皇女にそういわれたので、大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)はそのまま中に入ってきた。

そして彼の後ろに、もう1人誰かがいる事に軽大娘皇女も気が付いた。
彼女が一体誰だろうと見ると、相手は少し自分の見覚えのある顔だった。

「あ、あなたは、もしかして葛城の韓媛(からひめ)?」

軽大娘皇女は意外な人物の訪問にとても驚いた。どうして葛城の彼女がここに来たのだろうか。

韓媛は軽大娘皇女に名前を呼ばれたため、軽くお辞儀をして、挨拶した。

「軽大娘皇女、どうもご無沙汰しております。葛城の韓媛です」

軽大娘皇女も予想外の訪問者にとても驚いたが、彼女とは久々の再会だったので、とても嬉しく思った。

「まぁ、韓媛。本当に久しぶりね。お父様は元気にされてるの?」

韓媛は「はい、お陰さまで」と答えて、軽大娘皇女の側にやって来た。

そして、軽大娘皇女に座るようにいわれたので、大泊瀬皇子と一緒に彼女の前に座った。

「あなたと会えて本当に嬉しいわ。今日はこの宮に泊まって行かれるの?」

軽大娘皇女は、韓媛の訪問ですっかり上機嫌になっていた。

大泊瀬皇子もそんな姉を見て、何はともあれ、今日ここに彼女を連れてきて良かったと思った。

「あぁ、そのつもりだ。姉上が最近塞ぎ込んでいるのを聞いて、彼女が心配して会いたいと俺にいってきた」

それを聞いた軽大娘皇女は、少し驚きはしたものの、そんな彼女の心遣いにとても感謝した。

「韓媛、それは本当にありがとう。最近はあなたのような若い子と話しをする機会がなかったので、今日は色々と楽しくお話ししてみたいわ」


それからしばらくして、大泊瀬皇子は彼女ら2人で話しをさせた方が良いと思い、一旦部屋を退出する事にした。

その際に「また後で、迎えにくる」とだけ韓媛に伝えた。