大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)は今後の大王即位を見越して、予てより正妃にと考えていた草香幡梭姫(くさかのはたびひめ)の元へと向かった。

そして今は、その草香幡梭姫と面を向き合って対面している状況である。

大泊瀬皇子は目の前にいる彼女に対し、背筋を伸ばしてどっしりとした態度を構えて座っていた。

草香幡梭姫はとても落ち着いた物静かな女性のように見える。
自身の母親である忍坂姫(おしさかのひめ)とはまた違った感じの皇女だと彼は思った。

母親の忍坂姫は今でこそ、大王を補佐するぐらいしっかりとした女性であるが、少女の頃は割りとお転婆だったそうだ。そんな彼女に夫の雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)もだいぶ手を焼いていたと、彼は聞かされていた。

(婚姻の話をしてからかなり日数が経ってしまっている。彼女は果たして何といってくるだろうか……)

大泊瀬皇子はそんな不安を持ちつつ、とりあえず本題に入ることにした。

「草香幡梭姫、この度はずっと待たせたままになってしまい本当に申し訳ない。ここ最近の俺の噂はあなたも耳にしていることだろう。だが俺としては、この婚姻を何とかまとめたいと思っている」

大泊瀬皇子がそう言葉を発すると、その場は一時無言の状態となる。

大泊瀬皇子は少し緊張しながら、彼女の返事を待った。元々この婚姻は大草香皇子の了承のみで進めていた話だ。なので肝心の草香幡梭姫の本心は彼も全く知らない。

それから暫くして、ついに草香幡梭姫が重い口を開ける。

「この話しは元々兄であった大草香皇子から聞いております。そしてそのことに対して私は特に反対はしませんでした。
私も皇女という身ですし、そもそもこの歳での婚姻はもうないだろうと考えていたので」

それを聞いた大泊瀬皇子は、彼女のこの口振りからして、婚姻の了解を得られるのではないかと思った。

(今回の俺の大王への即位を確実にするためにも、彼女との婚姻は何としても決めてしまいたい)

そして大泊瀬皇子は続けていった。

「草香幡梭姫、あなたのその口振りからして、俺との婚姻は了承して貰えるということだろうか。その、俺の出した条件を飲んでくれる上で……」

それを聞いた草香幡梭姫は少し可笑しそうにしながら答えた。

「えぇ、この婚姻はあくまで建前のものということですよね。何でも皇子は別に思う娘がいるとか」

大泊瀬皇子はそれを聞いて思わず目を丸くする。
韓媛(からひめ)のことは彼女の身の回りにいる者達と、それ以外のごく僅かの人間にしか話していないはずだ。

(どうして草香幡梭姫が、そのことを知っているのだ……)

「草香幡梭姫、その話しはごく僅かな人間にしか話していない。それをどうしてあなたが知っているのだ?」

大泊瀬皇子は思わず表情を強ばらせる。

「あら、話したらいけないことだったのかしら?この話はあなたのお母様から聞きました。私はあなたよりも忍坂姫との方が歳が近く、以前から交流がありましたので」

それを聞いた大泊瀬皇子は、余りのことにその場で言葉を失った。

(くそ、母上のやつ。阿佐津姫にだけいっていたのではないのか。
父上も母上はああ見えて割りとお転婆で、何にでも首を突っ込みたがる所があるから、韓媛のことを話す時は十分に注意しろといわれていたのに……)

大泊瀬皇子は草香幡梭姫を前にして、非常に恥ずかしくなってきた。