こうして忍坂姫(おしさかのひめ)の提案から2週間程した後、彼らは忍坂姫の実家である息長(おきなが)へと向かうこととなった。

「まさか私まで誘われるとは本当に意外でした」

韓媛(からひめ)は馬に乗った状態で思わず呟く。少し前に大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)が自分の元にきた時に今回の件を聞いた訳だが、とりあえず特に断る理由も無かったので、彼女は同行することにした。

「あぁ、今回は本当に済まない……」

韓媛の後ろにいる大泊瀬皇子が、少し申し訳無さそうにしていった。

彼女は今、大泊瀬皇子が乗っている馬に一緒に乗って移動している。

今回は近江の息長まで行くのだが、目的地までは丸1日はかかる距離だ。

そしてそんな2人の前では市辺皇子(いちのへのおうじ)阿佐津姫(あさつひめ)が同じ馬に乗っている。

阿佐津姫は初め市辺皇子と同じ馬に乗ることに酷く腹を立てたが、忍坂姫より「良い大人なのだから」といわれてしまい、渋々市辺皇子と一緒の馬に乗ることにした。

だが実際に馬に乗ってしまうと、意外に彼女は落ち着いている。

そしてそこまで仲は良くないが、後ろの市辺皇子とも少し会話が出来ているようだ。

逆に市辺皇子は至って穏やかで、彼女の話しに耳を傾けている。

そんな2人を韓媛は少し不思議そうに見ていた。

「ねぇ大泊瀬皇子。こうして市辺皇子と阿佐津姫を見ていると、少し不思議な感じに思えます」

「うん?韓媛それは一体どういうことだ?」

大泊瀬皇子は韓媛にそういわれたので思わず前の2人を見る。だが彼らには特に変わった様子は見られない。

「あの2人、特に仲が良い訳ではないけれど、お互いのことを良く分かっているというか……何か通じあうものがあるように思えて、まるで恋人同士のようだわ」

韓媛はこの2人が一緒にいるのを初めて見る。そんな彼女からすると彼らはとても不思議な光景に思えた。

「そうか、俺には全くそんな風には見えない」

大泊瀬皇子は余り心の入っていない風な口調でそう答える。

韓媛は大泊瀬皇子にそう言われてもなお、しばらくそんな2人を見ていた。

(確か市辺皇子は元々阿佐津姫に婚姻の申し込みをしていたのよね。それと何か関係があるのかしら)

今回韓媛は阿佐津姫には初めて会うことになった。大泊瀬皇子が以前いっていたように、とても顔立ちの整った女性に見える。
きっと今より若かった頃は、さぞ綺麗だったことだろう。

なので市辺皇子以外にも、彼女を娶りたいと思った男性は沢山いたのではないかと、韓媛は思う。

だが意外に彼女は親戚の物部(もののべ)の青年の元に嫁いでいった。
当時彼らの間に一体何があったのだろうか。