その後、裕太は仕事があるということで、茉結は部屋に戻ることになった。
「今日は色々あって疲れただろうから、部屋でゆっくりしてて」
「うん。ありがとう」
部屋に戻ろうとすると、裕太から「あ、待って」と声をかけられ振り返る。
「夕ご飯は一緒に食べよう」
「いいの? 忙しいんじゃ……」
「大丈夫だよ。それに、僕が一緒に食べたいっていうのもある」
きっと、裕太はここに来たばかりの茉結を安心させようとしてくれているのだろう。
昔と変わらず、とても優しい。
「ありがとう」
「じゃあ、時間になったら部屋まで迎えに行くよ」
「わかった」
先程、使用人の鈴煉が案内してくれた部屋に戻るも、何をしていいのか分からず、困惑する。
──自由に使っていいとは言われたけれど、保護されてる身だからか気が引ける……。
「あ、あの、三峯さん」
「どうされましたか?」
茉結が椅子に座っている後ろで控えている鈴煉に、話しかけたが、どう伝えていいか分からず困惑する
「その、えっと……」
すると突然、鈴煉がハッとした表情をした。
「まさか、私めに何かご不満がございましたか?」
鈴煉はサッと、茉結の前に来て跪く。
「え? い、いえ、そういうわけじゃないです」
「いいえ。茉結様。なにかあるのでしたら、何なりとお申し付けください。すぐに改めます」
改めることなんて何もない。
全てが完璧で、とても助かっている。
「ち、違います。三峯さんに不満なんてないです。ただその、このままずっと部屋にいても何をしていいのか分からなくて……」
「なるほど……」
鈴煉は少し考える仕草をして、すぐに「あ、でしたら」と言った。
「お屋敷の中をご案内致しますよ」
「えっ、いいんですか? 迷惑では……」
「いえ。それは絶対にございません。屋敷の者も、茉結様にお会いしたいでしょうから」
「じゃあ……えっと、お願いします」
「かしこまりました」
──本当にいいのかな。
そう思いながらも、茉結は鈴煉について行った。
「こちらです」
開かれた障子の先には、茉結のいた部屋以上に広く、解放感のある部屋だった。
縁側に繋がるガラス障子からは、日が差し込んでいて、暖かそうだ。
「こちらは居間になります」
「すごい……」
「窓からは庭の景色がご覧になれます。縁側に出ても良いかと」
「そうなんですね」
──旅館の案内みたい。でも、この部屋の多さと広さだったら旅館とかより大きいのかも。
鈴煉の案内はとても分かりやすく、楽しい。
「こっちはなんですか? いい匂いがしますね」
「そちらは厨房です。今ちょうど夕食の準備をしているようです」
「そうなんですか」
「夕食は先程ご案内した居間で頂くことになるかと」
「わかりました」
屋敷の中は広大で、全ての案内は一日だけでは足りなさそうだ。
「本日はここまでにして、続きはまた後日に致しましょう」
「そうですね……」
──こんな広いところを、疲れもせず周れるなんて、凄い。
やはり、慣れというものなのだろうか。それとも、あやかしだからなのか。
疲労している茉結に対して、鈴煉はケロッとしている。
部屋に戻る途中で、ひとりの男性とすれ違った。
「おや。これはこれは」
「あ、さっきの……」
茉結が屋敷へ来た際、声をかけてくれた初老の男性だ。
「えっと……」
「執事長の難波獅郎と申します。鈴煉に屋敷の案内をしてもらっていたのですね」
「あ、はい。とても分かりやすくて楽しかったです」
難波以外にもすれ違う人はいたが、皆頭を下げるだけだった。
声をかけてくれたのは、難波が初めてだ。
「それは良かったです。あと一時間ほどで夕食が出来上がりますので、それまでごゆるりとなさってください」
「はい。ありがとうございます」