着替えを終えて、部屋の外に出ると鈴煉が「こちらです」と案内してくれた。

裕太の部屋は、茉結がいた部屋のすぐ近くだった。

「中で裕太様がお待ちです」
「ありがとうございます」

襖を開けて、中に入る。

「茉結ちゃん」

茉結が入ると、裕太はすぐこちらに寄ってきた。

「着物ありがとう。ゆうくん」
「いいよ、全然。あんな奴のための婚礼衣装なんて早く脱いで欲しかったから。こっち、座って」

裕太に促され、茉結は裕太の隣に座る。

「だけど、どうして私が結婚するって知ってたの?」
「うーん、一週間くらい前かな。神社の外で、町に住む近所の人たちが話してるのが聞こえたんだ」

──近所のおばさんたちかな。

よく噂話などを話しているので、彼女たちなら話しそうだと納得する。

「お店が大変って、話もしてたよ」
「…………」
「何があったのか、話してくれる?」

裕太の優しい声に、茉結は躊躇しながらも、そこまで知っているのなら言った方がいいだろうと思い、小さく頷いた。

「私の家、地方でも有名な和食屋さんなの。百年以上続く老舗だから、テレビでも取り上げられたりしてた……。だけど、二年くらい前から急にお客さんが減ったの。前は予約が埋まったり、お店の外まで列が続いたこともあった。でも……」

じわりと視界がぼやける。目に涙がたまっていくのが分かる。

「……っ、近くに大きなお店が出来てから、客足が遠のいて、経済的にも苦しくなって……。そしたらある日、あの人が来たの」
「あの男?」
「うん。『娘さんを俺にくだされば、このお店を援助してあげます』って言われたの。もちろん、私も家族も大反対した。だけど、そしたら『いいんですか? この店を潰すことも容易いんですよ』って……」

完全な脅迫だ。
警察に訴えれば早いが、それよりも店が無くなることの方が茉結たちは嫌だった。
そして自分たちのせいで、町の評判が悪くなることも避けたかった。

「ずっと、ずっと続けてきたお店だったから、無くすことなんて出来なかった。変わらず通い続けてくれる人たちもいたから。それにもし潰されたら住むところが無くなるし、弟と妹の進学が出来なくなる。だから、お店を守るためには従うしかなくて……」

すると、裕太の両腕が背中に回り、ぎゅっと茉結を優しく抱きしめた。

「ごめんね。僕がもっと早く来れてたら……あんなことしなくてすんだのに」
「ゆうくんは何も悪くない」

茉結は首を横に振った。
裕太は何も悪くない。彼はあそこから救い出してくれた。

「ゆうくんには、感謝してもしきれないよ」

──……あれ。この状態って、どうしたらいいの?

どれくらいこの状態だっただろう。
少なくとも、数分以上経過している気がする。

意識し始めた途端、顔が熱くなるのを感じて、心臓が早鐘を打っている。
涙もいつの間にか引っ込んでいた。

そう思っていた時、後ろの襖がバンッと勢いよく開かれた。