鏡に映るのは、白無垢の婚礼衣装を身に纏う自分の姿。

これが愛しい人との結婚なら、どんなに喜べたことだろう。

それが今はただ、死装束を着ている感覚しかしない。

最後に一目だけでも、愛しい人を目に焼き付けておきたかった──。



襖が、何の断りもなく開かれる。

こんなことをするのは、あの男しかいない。

「ああ。とても綺麗ですよ。茉結(まゆ)さん」

婚約者の成哉(なりや)から名を呼ばれる。それが、嫌で嫌で仕方がない。

「…………」

後ろから感じる、舐めるような視線。
だけど絶対に返事をしたり、振り返ったりしない。

名前を呼ばれるのも、あの視線も、声も、全てが嫌いだ。

「……いい加減、諦めたらどうですか? あなたは今日、俺と結婚する。それは覆らない事実。あなたと俺が結婚すれば、あなたの大切なご家族は、いい生活が出来る」

一歩ずつ、あの男がこちらに近づいてくる。

肩に手が置かれる。それだけで背筋に悪寒が走る。
「触らないでください!」と叫びたいのを、必死に抑える。

触れてほしくない、喋りたくもない、名前も呼びたくなければ、呼ばれたくもない。

振り返りもせず、何も言わないでいるのに嫌気がさしたのか、後ろにいる成哉は小さく舌打ちをした。

「そろそろ時間です。また後で会いましょう」

そう言って、成哉が部屋を出ようとした時、襖が勢いよく開かれた。
それに驚いて、思わず振り返る。

「なっ……! 誰だお前は!」

そこにいたのは、白に近い銀色の髪と透き通る湖のような青い瞳。

それは見間違えるはずもなかった。

その男性は、茉結の姿を認識すると、人外級の美麗すぎる顔を輝かせ、こちらに向かってきた。

「迎えに来たよ。茉結ちゃん」
「……ゆう、くん……?」

最後に一目だけでも会いたいと思っていた愛しい人が、目の前で微笑んでいる。

その名を呼ぶと、こくりと頷いて微笑んだ。

「おい! 無視するな!」
「……ああ。まだいたんだ。うるさい豚だと思ってたよ」
「ぶっ……!?」

確かに、随分とふくよかな体型ではあるが、豚とわざわざ表すひとは初めて見た。

「残念だけど。僕と茉結ちゃんは、ずっと前から結婚の約束をしてたんだ。君なんかよりも先にね」
「ふ、ふざけるな! そんなことして、俺の家が黙ってるのでも……」
「ああ。もちろん。君の家とは話してあるし、両家共々了承済みだよ」

あまりの手際の良さに、茉結は目を見開いた。

「それじゃ、さようなら。豚さん」

彼が茉結を腕に抱くと、どこからともなく風が吹いた。
風が吹くところなどないのに何故、と思った途端、強い風が吹いた。

茉結は驚いて、目を(つむ)った。


「目、開けていいよ」

十秒くらいだろうか。
頭の上から声がして、そっと目を開く。

そこは先程までいた、部屋ではなく、神社の鳥居の前だった。

「ここ……」
「覚えてる?」

茉結は頷いた。
忘れもしない。忘れるはずがない。

──私とゆうくんが、初めて会ったところ。