蛇神家現当主の代わりとして表舞台に出たのは、当主の息子だった。
彼は自己顕示欲や思想が強いようで、周囲からも煙たがられているようだ。

「“あやかしは人間たちに力を示して支配するべきだ”なんて、いつの時代のことを言っているのかしら。それに一度だってあやかしが人間界を支配したことなんてないのに。馬鹿は嫌ね」

はあ、と春雫が溜息を着く姿は本当に二児の母なのかと思うほど可愛らしい。
言っていることはやや物騒ではあるが。

──あやかしって皆そうなのかな? お父様も若々しいし。

「茉結」

心地の良い柔らかな声に名前を呼ばれて振り向くと、縁側に裕太が立っていた。
茉結は椅子から立ち上がり、裕太の方に駆け寄る。

「おかえりなさい。裕太君」
「ただいま」
「兄様ったら、もう帰ってきたんですか」
「早いわねぇ。もうお仕事終わったの?」
「まあ、一応今日の分はね」
「またそんなこと言って。どうせお姉様に会いに来ただけでしょう」
「そりゃそうだろ」
「少しは否定しなさいよ。バカ狛犬(いぬ)

ちょっとした兄妹喧嘩を始めたふたりに、あわあわするが、春雫は「あらあら」と慣れた様子で見ているので日常茶飯事なのだろう。
すると、裕太の後ろからくすくすと笑い声が聞こえた。

「ふふ。君たちはいつも仲良しだね」
「!」

ほんのりと赤みがかった黒髪、眼鏡をかけていて少し分かりづらいがきりっとした奥二重の目には燃え上がる炎のような瞳がある。鼻は高く鼻筋も通っており、形の良い唇から出される声はきっと人々を魅了するだろう。

──誰かしら。裕太君の知り合い、よね? わっ、美形が並ぶと絵になる!

「と、とと灯真(とうま)さま……?」
「やあ。元気にしていたかい? 俺の伴侶殿」
「ふぇ……」
「あ、秋雫ちゃん!?」
「おっと」

灯真、と呼ばれた彼が秋雫の伴侶だということにも驚いたが、今はそれどころではない。
彼の優しい笑顔と甘い声にキャパオーバーした秋雫が、膝から崩れ落ち──かけていたのだが、一体全体何が起きたのか。
先程まで裕太の少し後ろにいたはずの灯真が、庭に出ているではないか。しかもしっかり、秋雫の腰を支えて。

「大丈夫?」
「ひゃい……」

顔を真っ赤にして、完全に恋する乙女の表情をしている。

──秋雫ちゃんのあんな顔初めて見た。可愛い……!

普段の「姉様、姉様」と仔犬のように懐いてくれる姿も愛らしいが、これはまた違った可愛いらしさだ。

「久しぶりね、灯真君。ご両親は元気?」
「お久しぶりです。春雫様。相変わらず元気ですよ。またお会いしたいと母が言っておられました」
「まあ、嬉しいわ。また夫と会いに行くわね」
「その方がよろしいかと。あそこはいつも危険ですから。今日もあまり長居は出来ないのですが……義兄に呼ばれたので」
「もしかして兄様が無理やり連れ出したのですか? ごめんなさい。ただでさえ忙しいのに……」
「いいんだよ。今日は目的があってここに来たからね」

優しく頭を撫でている彼の表情は、秋雫に対する愛情がとても伝わってくる。

「……灯真」
「ああ。ごめんごめん」

まるで悪びれる様子もなく、にこりと微笑んだ灯真が茉結の方に体を向ける。