この世界に生きていた男の話

 親父は、俺が入ってすぐに「これを見ろよ」とベッドの脇に置いてあるサイドテーブルを指差した。そこには、一枚のプレートが下がっていた。

「『ご飯を与えないで下さい』ってひどくないか? これ、人間向けの文言じゃないだろ」
「明日、朝一でもう一度胃の検査があるらしいから、まぁ仕方ないだろうな」

 しかし、いつ見ても面白いプレートだ、と俺は内心思った。

 親父もすっかり慣れたもので、俺達は毎度その馴染みのやりとりを交わした後に、改めて向き合った。

「腹の調子はどうだ? んで、これがご所望の飴玉だぜ」
「お、ありがとな。調子は、うーん、まだ腹が重くてなぁ。昨日俺が直談判して、ようやく点滴の量が減ってくれて少しは楽になった」

 点滴も水分だ。摂れば摂るだけ腹水になる。口から薬が取れない場合は点滴から入れるのだが、親父の場合は症状が重いだけに、担当医も苦渋の決断をしなければならなかったのだろう。