この世界に生きていた男の話

 数日、親父は無菌状態が保たれた病室から出る事は叶わなかった。親族以外の面会が制限された部屋で、次第に親父の意識はハッキリとしたものになっていったが、辛い吐き気と、腹の違和感に彼の心は沈んでいるようだった。

 少し話すだけでも、親父の呼吸は運動後のような息切れを見せた。言葉の途中途中で淡が絡んだような咳を起こし、そのたびに看護師が駆け付けて、彼の背を撫で、胃からの吐瀉(としゃ)物をビニール袋で受けとめる。

 俺は何もできず、それを見守っているしか術がなかった。

 親父は起きているのが辛いようだったから、俺は重い瞼を持ち上げようとする彼に「少し眠ったらいいよ」と声を掛けて、半ば逃げるように部屋を出た。背中の向こうから、親父が「腹水が重い」「内臓が圧迫されるようだ」「頼むからもう少し背もたれを上げてくれ」と看護師に向けて呟く悲痛な声が聞こえていた。


 それからの三日間、俺は早朝と仕事終わりに病院へ足を運んだものの、タイミングが悪く親父は眠っていた。