危篤状態から二ヶ月が過ぎた頃、親父のオムツが取れた。どれだけしぶといんだと俺が嫌味をこぼすと、親父は顰め面で「フンっ」と鼻を鳴らした。

「だから言っただろう。仕事も煙草も害にはならないし、害になるなんて証明されていない」

 自信たっぷりに言い返すが、煙草で肺が真っ黒になる事は、学校でも教えている内容である。

 そう少なからず反論をした俺だったが、毎年の会社の健康診断で、自分が喫煙者だと気付かれなかったほど肺がきれいであった事を思い出した。煙草を一時的にやめていたのは、付き合いの飲み会が増える中で、憎たらしくも煙草が値上げしてしまったせいである。

 アルコール中毒で末期癌にまで悪発展してしまった人間が、大好きなビールを辞めてくれただけでも良しとするべきだろう。そう考えて、俺はそれ以降、親父の煙草については何も言わなくなった。

 妊婦のようだった親父の腹部も、その頃には一回り分小さくなっていた。癌の末期だから、腹水は完全には抜けないようだが、親父は俺がいない間に健康番組のストレッチを覚え、毎日続けるくらいには体力も気力も戻っていた。