俺は、医療に対しては知識が全くなかったから、古本屋で薬剤と療養に関する書籍を買いあさって、それと睨みあいをする日々が始まった。環境も大事だから、ヤニと黴だらけの家内を出来るだけ拭い拭き、足が上がらない親父が転ばないよう、人が通れる分の通路を開けるべく整理整頓も行った。

 親父は相変わらず、震える手を持ち上げて「イツキ、イツキ」と老人みたいな声で俺を呼んだ。情けない声に胸がかき乱され、苛々しながらも俺は「なんだよ」と答えて、脈絡のない彼の話を聞いたりする。

 親父の思考の霞みが薄らぎ始めたのは、再会して五日が過ぎた頃だった。

 水が欲しい、腹が減った、テレビのリモコンをくれ、煙草が吸いたい、と親父は病人ながらしっかりと要求するようになった。相変わらず一人では歩けなかったので、オムツに関しては少し躊躇った後に「トイレ」と口にして、俺から受け取って手を借りた。