劉赫の過去を知り、傷を癒すことができれば味覚が治るかもしれないと安易に考えていた自分を殴りたい。

 簡単に知るべきではなかった。

彼の抱えているものは、生半可な気持ちで対処できるようなものではない。

 劉赫に美味しいものを食べてもらいたいと、自然に湧き上がった。

十四年前から食べる楽しみさえ奪われた劉赫に、ほんのひと時でも幸せな時間を……。

 雪蓉の料理を心の底から美味しそうに食べる劉赫の姿を思い出して、胸がぎゅっと締め付けられた。

 ボーっとしながら歩いていたため、ふと気が付くと見慣れない道にいた。

まずい、迷った、と思った時には時すでに遅く、日が傾き暗闇が迫って来る。

 劉赫の夕餉を作らなければいけないのに、と焦る気持ちも相まって、ますます奥へと進んでしまう。

 突き進んで行くと、築地塀に囲まれた邸宅が表れた。

太麗宮のように広大で、やんごとなき身分の妃が住んでいると思われる。

 妙な好奇心が湧いてきた雪蓉は、中がどんな造りになっているのか見たくなって、身近にあった大木に登り始めた。

外は暗くなっていて、遠くまで見渡すことは困難だ。

しかし、ぼんやりとだが、有り様を見ることができた。

 中はまるで樹海のようだった。

不気味な木々が茂り、棘のある毒花が屋敷を囲っている。

一言でいえば薄気味悪い。

こんなところに住む人物は、どんな人なのだろうとしばらくの間見下ろしていると、屋敷の中から一人の女性が出てきた。

 漆黒の上襦下裙に、腰下まで靡くたわわな黒髪。

年齢不詳の顔立ちで、血を舐めたような赤い(べに)が強烈に際立っている。

 女は雪蓉の気配に気づき、大木を見上げる。

「そこにいるのは誰じゃ!」

まさか気付かれると思っていなかった雪蓉はびっくりして木から落ちそうになった。

声はしわがれた老婆のようで、見た目との差に更に驚かされる。

雪蓉は大慌てで木から下り、まるで命からがらといった様子で逃げ出した。