入り込むだけなら案外簡単そうに思えた。

後宮内なので、女官はいても警備の者はいない。

だが、女官に見つかれば追い出されることは必死で、運よく皇太后に会えても不審者と思われるのが関の山。

(貴妃です! なんていっても、だから? で終わって締め出されそう。どうしよう、何の策も考えてこなかったけど、やっぱり無謀だった?)

 とにかく会えればなんとかなるだろうと思ってここまで来た。

その後のことは、天に任せるしかない。

(ええい、ままよ!)

 雪蓉は、木から下りると、今度は高塀に手をかけよじ登った。

軽やかな身のこなしで太麗宮に潜入すると、まずは梅の花香る四阿へと歩みを進める。

 四阿からは、くゆらせた高価な(こう)の匂いがした。

梅の花の匂いと、香の匂いが互いに喧嘩することなく見事に調和している。

(素敵……)

 思わずうっとりしてしまい、気が緩んでいて、雪蓉は四阿の後ろにいた人物に気が付かなかった。

「あら、可愛らしい方ね」

 鳥のさえずりのように優しい声音だった。

雪蓉は、慌てて草陰に隠れる。

 四阿の後ろから出てきた人物は、薄青の上襦(じょうじゅ)に黄白色の下裙(かくん)を着て、腕には紗の被帛(ひはく)をかけている。

結い上げた髪には金歩揺(きんほよう)(かんざし)が挿してある。

 目尻に刻まれた皺や、隠し切れない風格と品の良さ。

一目見て、高貴なお方だと分かる。

「隠れなくても大丈夫よ。捕らえたり、摘まみだしたりなんてしないから。

お茶を()れたの。良かったら一緒にいかが?」

 害がなさそうなので、雪蓉はおずおずと姿を見せた。