しかし鸞朱は、(おく)することなく雪蓉に言った。

「この包丁は、わたくしたちの物です。ここにある磨き上げられた道具も全て、饗宮房の料理人たちが後宮の人々の食事を作るために毎日丹精(たんせい)込めて洗っているのです」

「なるほど、だからこんなに綺麗なんですね」

 雪蓉は素直に感心した。料理長からは、自身の仕事に対する矜持(きょうじ)が感じ取れる。

部外者である雪蓉に高圧的なのも、自身の城を必死に守ろうとしてのことであろうと思うと、嫌な気分にはならない。

「ええ、ですから、あなたにはあれを使っていただきます」

 あれと言って指さされた物を見て、雪蓉だけでなく後宮料理人たちも息を飲んだ。

 鸞朱が指したのは、厨房の一番端にある、使い古され今日にも捨てられそうな調理道具の山だった。

 雪蓉がこれから作ろうとしているのは、皇帝の食事だ。

それは、この場にいる全員が分かっている。

それなのに、すす汚れた道具で作れと命じるなんて、鸞朱の首が飛んでもおかしくない。

「……分かりました。道具を貸してくださり、感謝いたします。食材は何を使えば宜しいでしょうか?」

「食材は何でも、あるもの好きに使いなさい」

「ご厚情(こうじょう)ありがとうございます」

 雪蓉は、周りが思うほど気にしていなかった。

饕餮山の厨房には、これ以上に古ぼけた調理道具もある。

しっかり洗って使えば何の問題もない。

 雪蓉は意気揚々(いきようよう)と、まずは洗い物から取り掛かることにした。

 鼻歌交じりで鍋を洗い出した雪蓉に、鸞朱は驚くと共に眉を(ひそ)めた。

殊勝(しゅしょう)な態度を見せているけれど、こんな小娘に陛下を満足させる食事が作れるはずがないわ)

 鸞朱は忌々(いまいま)しそうに雪蓉を見つめる。

しかしこの後、見違えるほど綺麗になった調理道具で、鸞朱も(うな)るほど見事な料理を雪蓉は作ってみせたのである。