その言葉に偽りはなかった。

逞しく立派に育った息子の顔を、華延は脳裏に焼き付けるように、しっかりと見つめた。

「……そうか」

 劉赫は落ち着いた声音で、一言だけ吐き出した。

 こうして、短い時間だったが、母子の別れの挨拶は終わった。

 雪蓉は清々しい気持ちだった。

いいことしたな自分、と心の中で褒めたたえた。

 華延がいなくなり、劉赫は寂しがっているかと思いきや、案外普通にしているのが意外だった。

普通に見せているだけかもしれないが。

 しかしながら、華延がいなくなった余波は、思わぬところで表出した。

 それは、三公九卿が一同に会する会議でのこと。

 全員に配られた茶に、劉赫が口をつけた際に発せられた一言に、その場にいた者たちが一瞬で固まった。

「まずっ」

 皆が驚いたのは、皇帝が茶を不味(まず)いと評したことではない。

会議に出される茶は、確かに不味かった。

しかし、味の分からぬ劉赫は、その茶を何杯も飲むので、茶が不味いと苦言を言いだす者はいなかった。

 会議に出る茶は不味いという共通認識を皆が持っていたとしても、それが仕事に差し支えるわけではないのでそのままだった。

悪しき風習のようなものである。

 皆が驚いたのは、味が分からない皇帝が、初めて茶を不味いと認識したこと。

 つまり、味覚を感じるようになったという事実についてである。

 このことは、瞬く間に宮廷中に広まった。

中でも大喜びしたのが宮廷料理人たちで、皇帝が食す料理を作るという名誉を、ぽっと出の妃に横取りされた形となった彼らは、当然不満を抱えていたが、雪蓉の作る料理だけなぜか味がするらしいと聞き、渋々仕事を譲り渡していたのである。

 それが此度の朗報で、ぜひ我らの料理を皇帝に召し上がっていただきたいと考えた彼らは、それを饗宮房の料理長、鸞朱に告げた。

何も知らずに饗宮房にやってきた雪蓉に、鸞朱は、皇帝が味覚を取り戻したことを告げた。

「あなたはもう、用無しね」と嫌味を付け加えて。