「すまなかった。後で礼はする。……()っ」

 男が起き上がろうとすると、足に痛みが走った。

「何やってんのよ! まだ寝てなさい! 足はたぶん捻挫しているだろうから、しばらく歩けないわよ」

「それは困る。早く戻らねばならない」

「困るっていったって、仕方ないでしょ。あんた死にかけてたんだから、もう少し体力が回復してからじゃないと帰れないわよ」

 女の勢いに圧倒されて言葉が出ない。

天女のように可憐で美しいが、中身は口が悪く気が強いらしい。

 男の身分を知らないとはいえ、こんな強い言い方をされたのは久しぶりだった。

いや、初めてかもしれない、と男は思った。

「仕方ない。もう少し、世話になる」

 大人しく横になった男に、女が笑みを浮かべる。

その美しい微笑みに、なぜだか胸が大きく一鳴りした。

「女……名前は……?」

「あんたって凄い回復力。傷も深かったのに、どんどん治っていって……」

 小さく呟いた男の問いに気が付かなかったようで、覆いかぶさるような女の声にかき消された。

「まるで、人間じゃないみたい」

 女の悪気なく放った一言に、絶句する。

 男の様子を見て、女は慌てて「やだ、冗談よ!」とバシバシ腕を叩いてくる。

「痛い……」

 小さく抗議しても、女はまるで気にしない。

ガサツな女だ。身なりを見る限り、身分も相当低いのだろう。

「ねえ、どうしてあんな傷を負っていたの? あれは川で流されてできたような傷じゃなかったわ」

「…………」

 黙り込むと、「言いたくないなら、言わなくてもいいけど」と女は目を逸らし、あっさりと引き下がった。

「それよりも、お腹空いてる? 何か食べれそう?」

「食べようと思えば……」

「何よ、それ。まあいいわ。待ってて、今作ってくるから」

 そう言って、女は出て行った。

一人残された男は、天井を見上げて、また大きく深呼吸をする。

(……俺は、死ぬことさえも許されない)