男は、重い扉を押し開くように、ゆっくりと目を開けた。

新藁の日なたの匂いと、ふかふかな心地良い感覚に包まれている。

もう二、三度目をしばたかせると、大きく深呼吸をした。

(……生きてる)

 男は死を覚悟した。

もう駄目だと思った。

それでもいいかと諦めた。

だが、男は死ねなかった(・・・・・・)らしい。

「あら、やっと起きたのね」

 聞き慣れぬ人の声がして、男が首を横に傾けると、簡素な身なりをした女が横に座っていた。

 ほのかに濃紫色を帯びた柔らかな長い黒髪に、瑠璃色の大きな瞳。

白磁のように滑らかで美しい肌に目を奪われる。

 まるで、天女のようだと思った。

着飾らなくても十分に美しいその女性は、男と目が合うとにっこりと笑った。

 そして、男の額に置いていた布を、湿らせた新しい布と交換する。

額からひんやりとした心地いい冷たさが伝わった。

「あなた、三日三晩高熱を出して寝続けていたのよ」

「お前が助けてくれたのか?」

「まあね。川原で横たわっていたから、ここまで運んできたの。あっ、馬小屋で寝かせていたのは悪いと思っているわ。

でも、仕方なかったのよ。

ここは男子禁制で、男を運んできたなんて知られたら怒られちゃうから。

馬小屋とはいっても、馬の餌の藁を仕舞っている場所だし、別に臭くないでしょ?」

 そう言われて、男は改めて自分のいる場所を見た。

確かに藁しかない古びた小屋だと思った。

だが、新藁なのか、独特な匂いがするが嫌な匂いではない。