***
「何か望みはあるか?」
そう聞かれたのは夜も開けようかという頃。
微睡みの中上体を起こした弧月が美鶴を見下ろすようにして告げた。
「望み、ですか?」
「そなたは今後予知の力で余を支えてもらう。その褒美として欲しいものはないのか?」
まさか褒美をもらえるとは思っていなかった美鶴はただ驚く。
いらないと思っていた自分の異能を必要だと言い、居場所を用意してくれただけで充分だと思っていたというのに、更に褒美までくれるとは。
「そんな……畏れ多い。私はあなた様にお仕え出来るだけで幸せなのです」
「欲がないな。まあ、それも可愛らしいが……」
「っ……!」
幾度となく告げられる“可愛い”という言葉に、美鶴は胸の鼓動が早まった。
夫婦の営みの間も何度も紡がれた言葉。
同時に初めての行為を思い出してしまい、頬が朱に染まった。
「だが、一つくらい何かないのか? 余も頻繁にそなたの様子を見に来ることは出来ぬ。慣れぬ場所で不安に思うこともあるだろう……何か、支えになるようなものはないのか?」
「支え……」
呟きながら、確かにそういうものがあれば助かるのは事実だろうと思う。
弧月に仕えられればそれだけでいいと思っていた。
妖帝ともなれば自分以外にも多くの妃がいるだろうし、正式な妃としての役割は他の方がするのだろうから、と。
だが、内裏のしきたりなど学ばなくてはいけないことも多いだろう。自分は内裏のことも公家のこともよくは知らないのだから。
その辺りに不安はある。その不安に潰されないように支えとなるものがあれば少しは安心出来ると思った。
「……では、私のことを忘れないという証が欲しいです。主上が覚えていてくださっていると思えば、それだけで頑張れます」
妖帝としての仕事も多いだろう。妃も多いだろうから、自分にばかり時間を割くことは出来ないだろう。
きっと、次にお会い出来るのはいつになるかも分からないだろうから。
会えなければ、きっと不安になってしまうだろうから……。
だから、せめて忘れられていないという証が欲しい。
「そなたを忘れていないという証か……」
呟き、考え込む弧月に不安になった。
よく考えてみれば何という我が儘だろう。
自分を忘れない証という抽象的なもの、何か物が欲しいというよりも困らせてしまうのではないだろうか。
「あ、あのっ」
「そうだな」
願いを取り消そうと声を上げた美鶴だったが、弧月の声に遮られてしまう。
「では、毎日花を一輪贈るとしよう。そなたのことを忘れていないという証に」
「花を?」
「ああ。余は早朝庭を散策するのが日課でな、そのときに一輪手折ってそなたに贈ろう」
「主上自ら手折って下さるのですか?」
「なんだ、不満か?」
「そんな! むしろ畏れ多くて」
自分一人のために妖帝の手を汚してしまうのが忍びない。
そう思い慌てる美鶴の頭を弧月は優しく撫でる。
その手にはやはり安心感を覚えた。
「そなたはそればかりだな。もう少し我が儘になっていいと思うぞ?」
「十分、我が儘だと思いますが……」
居場所を用意してくれただけでも有難いというのに、毎日妖帝自ら手折った花を贈ってもらうのだ。
これほどの贅沢はないのではないだろうか。
「全く……愛いやつだ」
微笑む弧月は、そのまま美鶴の髪を弄ぶように撫でる。
美鶴は安心を与えてくれるその手に、今だけなのだからと名残惜し気に浸った。
「何か望みはあるか?」
そう聞かれたのは夜も開けようかという頃。
微睡みの中上体を起こした弧月が美鶴を見下ろすようにして告げた。
「望み、ですか?」
「そなたは今後予知の力で余を支えてもらう。その褒美として欲しいものはないのか?」
まさか褒美をもらえるとは思っていなかった美鶴はただ驚く。
いらないと思っていた自分の異能を必要だと言い、居場所を用意してくれただけで充分だと思っていたというのに、更に褒美までくれるとは。
「そんな……畏れ多い。私はあなた様にお仕え出来るだけで幸せなのです」
「欲がないな。まあ、それも可愛らしいが……」
「っ……!」
幾度となく告げられる“可愛い”という言葉に、美鶴は胸の鼓動が早まった。
夫婦の営みの間も何度も紡がれた言葉。
同時に初めての行為を思い出してしまい、頬が朱に染まった。
「だが、一つくらい何かないのか? 余も頻繁にそなたの様子を見に来ることは出来ぬ。慣れぬ場所で不安に思うこともあるだろう……何か、支えになるようなものはないのか?」
「支え……」
呟きながら、確かにそういうものがあれば助かるのは事実だろうと思う。
弧月に仕えられればそれだけでいいと思っていた。
妖帝ともなれば自分以外にも多くの妃がいるだろうし、正式な妃としての役割は他の方がするのだろうから、と。
だが、内裏のしきたりなど学ばなくてはいけないことも多いだろう。自分は内裏のことも公家のこともよくは知らないのだから。
その辺りに不安はある。その不安に潰されないように支えとなるものがあれば少しは安心出来ると思った。
「……では、私のことを忘れないという証が欲しいです。主上が覚えていてくださっていると思えば、それだけで頑張れます」
妖帝としての仕事も多いだろう。妃も多いだろうから、自分にばかり時間を割くことは出来ないだろう。
きっと、次にお会い出来るのはいつになるかも分からないだろうから。
会えなければ、きっと不安になってしまうだろうから……。
だから、せめて忘れられていないという証が欲しい。
「そなたを忘れていないという証か……」
呟き、考え込む弧月に不安になった。
よく考えてみれば何という我が儘だろう。
自分を忘れない証という抽象的なもの、何か物が欲しいというよりも困らせてしまうのではないだろうか。
「あ、あのっ」
「そうだな」
願いを取り消そうと声を上げた美鶴だったが、弧月の声に遮られてしまう。
「では、毎日花を一輪贈るとしよう。そなたのことを忘れていないという証に」
「花を?」
「ああ。余は早朝庭を散策するのが日課でな、そのときに一輪手折ってそなたに贈ろう」
「主上自ら手折って下さるのですか?」
「なんだ、不満か?」
「そんな! むしろ畏れ多くて」
自分一人のために妖帝の手を汚してしまうのが忍びない。
そう思い慌てる美鶴の頭を弧月は優しく撫でる。
その手にはやはり安心感を覚えた。
「そなたはそればかりだな。もう少し我が儘になっていいと思うぞ?」
「十分、我が儘だと思いますが……」
居場所を用意してくれただけでも有難いというのに、毎日妖帝自ら手折った花を贈ってもらうのだ。
これほどの贅沢はないのではないだろうか。
「全く……愛いやつだ」
微笑む弧月は、そのまま美鶴の髪を弄ぶように撫でる。
美鶴は安心を与えてくれるその手に、今だけなのだからと名残惜し気に浸った。