あまりの美しさにまた別の意味で呆然としてしまう。
 だが、反応のない美鶴に美しい男は焦りを見せもう一度問うた。
「どうした? 怪我をしたのか?」
「え? あ……いえ、怪我はありません」
 正面に来た男に反射的に答える。
 そう、怪我はない。……怪我すらしていない。

(どうして?)
 自分は今死ぬはずだった。なのに死ぬどころか怪我一つしていないとは……。
「……何故?」
「は?」
 思わず零れてしまった問い。
 だが、避けられぬはずの予知が避けられた。
 覆らないはずの未来が覆った。
「あり得ない……予知が、外れるなんて……」
 美鶴は驚きに見開いた黒の目に男の姿を映したまま呟く。
 彼の美しさに呆けていた頭が徐々に働き出すと、ありえない事実にただただ震えた。
(どうして? 予知は、変えられないのではないの?)
「予知? そなた、何を言って――」
 瞳に映した彼の紅玉の目が困惑に彩られる。
「弧月様!」
 だが、最後まで言葉を発する前に第三者の声が響いた。

「一人で行動なさらないでください! あなたは妖帝なのですよ⁉」
「っ⁉」
 明るい金の髪と濃い青の目を持つ、こちらも上質な狩衣姿の男が叫びながら近付いて来る。
 妖帝。その呼び名に美鶴は更なる驚きを受けた。
 身なりから公卿(くぎょう)と言えるほどに位の高い公家なのだろうとは思っていたが、まさか帝とは流石に思わないだろう。
「よ、ようて……?」
 驚きすぎて繰り返す言葉さえ途中で切れる。
 そんな美鶴の頭に弧月と呼ばれた男はぽん、と軽く手を乗せた。
 大きな手が頭を包むように乗っかって、えも言われぬ安心感とむず痒さを覚える。
「声が大きいぞ時雨(しぐれ)。一応お忍びなのだからな」
「そう思うのなら一人で突っ走らないでください!」
 悲鳴のように叫ぶ時雨と呼ばれた男は、すぐに美鶴の存在に気付いた。
「その娘を助けるために飛び出したのですか?」
「ああ。民を守るのは帝として当然の事だろう?」
 何も特別な事などしていないという風に話す弧月は、美鶴の頭の上に乗せた手をぽんぽんと動かす。
(何、かしら? 何だか、面映い……)
 その手の動きは遊ばれている様にも思えるのに、美鶴はどうしてか照れ臭い様な気分になった。

「否定はしませんがね。貴方の場合は人を使って民を守る立場なのですよ?」
 お小言の様な時雨の言葉に、弧月は「固いことを言うな」と笑う。
「それより、消火の方はどうなっている? 被害は?」
「見ての通り消火真っ最中ですよ。建物被害は結構なものになるかと。人的被害は抑えられているはずです。……まあ、怪我人くらいはいると思いますが」
「そうか」
 二人の男の会話にはっとする。
 そうだ。今ここは火事の真っ只中のはずだ。
 あまりの驚きのため忘れていたが、この様に落ち着いて会話などしている場合ではないはずだ。
 だが、先程まで感じていた熱気はなくなっている。
 周囲を見回すと先程までうねっていた炎はなりをひそめ、残り火がパチパチと音を立てるのみ。
(いつのまに⁉︎)
 驚く反面、これも妖の力なのかとどこか納得もした。
 どうやって火を抑えているのか分からないが、見つめている残り火も徐々に消えていくのが見える。

 その様子をぼうっと眺めていると不意に視界が揺らいだ。
(あ……予知だ)
 慣れた感覚に今から予知を視るのだと分かる。
 予知は夢見のときもあるが、こうして日中に白昼夢の様に視ることも多い。
 視界がぼやけて、頭の中に直接その出来事が流れ始める。
(これは……川?)
 小雨が降る中、河原で何かを探している自分がいた。
 おそらくまた家の者に無理を言いつけられたのだろう。
 そうでなければ進んで外に出ることなど無いだろうから。

 砂利の中を歩きづらそうに探し物をしていた自分は大きな音に顔を上げた。
 だが、そのときには上流から襲い掛かってくる濁流から逃れる術はなく……。
 流され、溺れ……死んだ。
「うっ!」
「ん? どうした?」
 自分の死の予知に眩暈がする。
 今日の予知を視たときには大して拒否感は覚えなかったが、つい先ほど生きたいと願ってしまったこともあり拒否反応がすさまじい。
(ああ……でも、やはり死の運命からは逃れられないという事かしら)
 予知したことは七日以内に必ず起こる。
 どういうわけか今回は変わってしまったが、次に見た予知も自らの死ならば自分はやはり死ぬ運命なのだろう。