「一つは普通の水。もう一つには水酸化ナトリウムが入ってる」

「…水酸化ナトリウム」

「別名苛性(かせい)ソーダ。石鹸作りなんかによく使われるそれだね。蛋白質分解作用があって皮膚についたら焼け(ただ)れる、一滴でも目に入ったら失明の恐れがあるとも言われてる。まぁふつうに飲んだら器官が炎症を起こすか口内、食道の粘膜が侵されてぽっくりだ。どっちがいい?」

「….え、待って。これ二つに一つってことは死ねない可能性もあるってこと? やだよ」

「だから心して選んでよ」

「もう一方はどうするの」

「僕が飲む」


 息が止まった。


「僕らのうちどっちかが死ぬってこと。命に興味があるとは言った。でも軽んずるつもりはないよ。誰かの命を預かるってことは、自分の命を以ってするぐらいでなきゃ割に合わないだろう」

「…新見くんは、どうしてそこまでしてくれるの」

「君の命に興味があったから」


 綺麗な顔が、私を捉えて微笑んだ。

 優しく、強く、それでいて何の色にも染まらない透明は私の全てを見透かしているようで、縋って泣くならどうしてこのひとの胸でないのだと心の底から思った。

 彼が苦しみを抱いた時次に抱きしめるのは誰だろう。

 私のわがままでこの彼の命を絶たせてしまったらどう生きればいいのだろう。生き方なんて誰にもわからない。どんなひとも、曖昧な境地でひとり、必ず周りに潜む自分の中の死と隣り合わせでぎこちなく不恰好でも歩いているというのに。

 死ぬ間際になってその重みがわかった。ひとの命を奪う可能性を抱いて涙が溢れた。震える手でペットボトルを手繰り寄せ、キャップに手をかける。


 やっとの事でキャップを開くと、彼は選ばれなかった方のペットボトルを手繰り寄せた。


「…新見くん」

「なに?」

「…これで、私が死ななかったら、私はどう生きればいい?」




「今日を命日にすればいい。生まれ変わって、明日から新しいきみになれ」