それは放課後のことだ。

 肝心なスマホを忘れてしまい、教室に取りに戻ったとき、新見燿一郎が廊下のはたに見えた。

 走っていた私は速度を緩める。ともすれば廊下は走るな、なんて注意されかねないなんて何故か思った。そんな存在ではないと、知っていた。私は彼と話をしたかったのに過ぎない。


「新見くん」


 彼は無表情だ。気圧されそうになるのを堪え、初めての声かけに、自分を叱咤する。


「きみは、未来が予知出来るって、ほんとう?」


 廊下で向かい合う、彼の目が少し細くなったのがわかった。何を馬鹿馬鹿しい、とか、くだらないだとか、そんな目ではなかった。やはり臆病になる。彼の目は、私が日々かぶりを振って追っ払うそれそのものを凌駕し、飲み込んでしまいそうに、口の端を引き上げた。

 視線を伏せ、歩き出す。答えはくれないみたいだ。






「ある程度は」


 すれ違った時、心臓が止まったと思った。

 振り向き、絶句する。ワンテンポ遅れて振り向いた彼もまた、制服のズボンに両手を入れたまま小首を傾げた。本当に女の子のような顔をしていた。斜陽を浴び、透けた黒髪がやんわり紺色に光る。

 耳障りは良かった。目の当たりにするよりずっと、ゲイだと噂され、花を生けられ、女だとからかわれた彼の声はずっとずっと男のひとの声だった。


「随分厄介なのを纏っているね。他の二人よりきみはずっと色濃い」

「えっ?」

「二人は来ないよ。キックオフ手前で怖気付いたらしい。まぁ脳梗塞と靭帯損傷じゃ物理的に無理だよね」


 血の気が引く、という事態にこの時ほど直面したことはないと思う。呆然とする私に、新見くんは特に笑うことも、怒ることもせず、教室の扉の横に背中を預けた。


「死にたいきみに手を貸してあげる。君の命に興味があるんだ」